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【コラム】行動派の旅の絵師、北斎 -常に高みを目指し続け、精進を続けた- / 藤 ひさし

北斎は、旅が大好きな絵師ですね。北斎の描く江戸時代も後期になると近くの花見など、遠くはお伊勢参りなどに庶民も出かけるようになりました。

十返舎一九の「東海道中膝栗毛」(「弥次喜多道中」に映画化もされました)などで、各所も遊び場所も旨いものも楽しむための情報誌が数多く出版されていたのです。

Hokusai hugaku
冨嶽三十六景 凱風快晴 / image via wikipedia

時に北斎の描く「富嶽三十六景」は、富士講という流行の浪にのり、圧倒的な人気をよびました。流行に敏感だった北斎は七十歳頃から好きな風景を、富士の連作として描き始め百四十八景を描きました。富嶽三十六景に追加十篇を足して四十七景とし、更に「富嶽百景」を描いています。それでも画が足りず「滝百景」「橋百景」と描いていきます。

旅をしながら北斎の特別に優れた眼は、色んな物を同時に捕らえていたので、次から次に素晴らしい作品として登場するのです。日本の、いや世界の風景画としても、これほど完成度の高いものは他に類を見ないほどです。

北斎は、自身の健脚で素晴らしい速さで旅をしたと言われています。確かにそうなのですが、少し違うと私は考えます。彼は、船を使い、籠に乗り、馬に乗り、江戸時代の中では時空を超える術を多用したのだと思っています。

そのためにお金を惜しまなかったのだとも考えられます。北斎はお金に困っていたといわれますが、そうではなく、彼は旅するためにとんでもない路銀(お金)が必要だったのです。

歩いていては、画を描くことはできません。乗り物を使い早く次の場所に移動し、体力を温存し、確かな筆をはしらせたのです。非常に合理的なのですね北斎は。このような動きをする人を超人と呼ぶのだと私は考えています。

例えば江戸時代末期では、坂本龍馬が舟を使って動き、時代を変えましたね。また、古くは源義経が馬を使って時間を縮め、平家の裏をかいていますね。

北斎は、絵師にしては珍しく合理的に物事を考えられた人なんだと思います。

Hujihisashi
藤 ひさし
本名 遠藤欽久。1940年11月19日、東京西麻布生まれ。映像作家、美術コンテンツ・プロデューサー。株式会社アイ・シー・シー会長。一般社団法人日本美術アカデミー理事。中央大学フランス文学科を卒業後、会社員を経て映像制作会社を設立。ルーヴル、プラド、エルミタージュ等、海外の有名美術館と直接交渉し、主要な所蔵作品をハイビジョン映像にて撮影。「世界の美術館」(ビデオ全18巻。後にレーザーディスク、DVD版も)として1991年に発売。世界の名だたる美術館の絵画作品を居ながらにして鑑賞できる、画期的な教養コンテンツとして全国の美術愛好家に好評を博す。以後、DVDやテレビ番組など美術関連の映像制作物の脚本・プロデュース、美術関連書籍の執筆など幅広く活躍。