14世紀に(伊)フィレンツェで興ったルネサンスの動きは、後にヨーロッパ中に伝播することになるのですが、15世紀が始まる頃でもドイツやネーデルランド(ベルギー・オランダ)といった北ヨーロッパの画家たちは「ゴート人の...」という少し悪口めいた意味を持つゴシックの影響から抜け出せずに、ルネサンスが人間中心であるのに対して、自然を中心とした北方特有の緻密な絵画を描いていました。
1517年にルターの「95ヶ条による論題」に始まる宗教改革によって、ローマ教会の求心力が弱まると、盛期ルネサンスの動きはアルプスを越えて北ヨーロッパへと伝播していきます。特に、北方の画家の中で最もルネサンスを理解したと云われている(独)デューラーをはじめとした画家たちは、北方絵画の伝統である無機的な細密画に、有機的な要素を加えた独自のルネサンス様式(北方ルネサンス)を発展させていきました。
ネーデルランド生まれのピーテル・ブリューゲル(父)は、まさに北方ルネサンスを代表する画家で、彼の作品は細密ではあるけれど決して無機的ではなく、そこに描かれる対象は、愚かさや弱さも含めた人間の営みです。
1563年に彼が描いた「バベルの塔」は、旧約聖書にある伝説の建造物です。
傲慢さ故に大洪水によって神に浄化されてしまった人間たちの中から選ばれたノアが、せっかく方舟を作って生き延びたのに、その子孫が神の住む天上に届くような搭を作るという愚を行ったために、再び神の怒りに触れたという、人間の傲慢さの象徴として描かれています。
ピーテル・ブリューゲル(父)はその愚かさを、その他に彼が描いた寓意的風俗画と同じように、厳しく咎めるのではなく、明るい色彩でむしろ笑いに昇華しているようにさえ感じられます。
翌年1564年にも彼は少しサイズの小さな「バベルの塔」を描いています。しかも前作より少し搭の工事が進んでいるのです。まるで、人間たちが自らの傲慢さに気付かないまま時だけが経っているけれど、また洪水でも来ない限り人間なんてそんなものだよと400年以上も昔から語りかけられてる気がします。
晩年、ピーテル・ブリューゲル(父)は農民の生活を主題とした作品を多く描き「農民のブリューゲル」とまで呼ばれます。
ただ作品を通じて、画面の主役はいつでも人間そのものではなく、自然やその中で営まれる生活であり、それはただ北方絵画の伝統である自然主義が色濃く残っているだけではなく、ルネサンスの意味をしっかりと受け止めながらも、行き過ぎた人間讃歌への警鐘を鳴らしている気がしてしまうのは、まさに現代の私たちが直面している、近代化と自然との共生といったテーマを共有しているからかもしれません。
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・ボイマンス美術館所蔵 ブリューゲル「バベルの塔」展:2017年7月2日まで
・ピーテル・ブリューゲル(父)
・「バベルの塔」 ピーテル・ブリューゲル(父)