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【コラム】海を渡った北斎漫画「HOKUSAI’S LOST MANGA」(後編):ボストン美術館

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エドワード・モース / image via wikipedia

1877年に来日したエドワード・モースは、大森貝塚を発見し、縄文式土器の名付け親になった動物学者として、教科書に載るほど有名ですが、一方で彼は日本の陶磁器や民俗資料を収集するうちに、すっかり日本の文化に魅せられてしまいます。

その熱はボストンに帰国した後も冷めずに、知人たちに日本の素晴らしさを吹聴するだけではなく、日本に行くべきだと熱心に勧めました。自身も研究調査のための数か月の滞在のはずが、創立して間もない東京帝国大学の教職に乞われて就くと、翌年1878年には家族を連れて再来日します。

しかし、近代化、西洋化を急ぐ国情を反映して、東京帝国大学は、多くの西洋人を高額な報酬で雇い入れるものの、中には教務経験も研究実績もない宣教師が混在していて、それを憂いたモースは、専門知識を持つ外国人教授を探します。そして、モースの仲介で来日したのがアーネスト・フェノロサでした。

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アーネスト・フェノロサ / image via wikipedia

フェノロサは、哲学や政治経済が専門でしたが、ボストン美術館付属の美術学校に在籍していたこともあるほど、美術への関心が非常に高く、彼もまた浮世絵や仏像をはじめとする、日本美術の素晴らしさに心酔します。

しかし、前述のように当時の日本では、江戸時代以前の伝統芸術が過剰に軽んじられているどころか、明治政府が神仏分離令を発令すると、廃仏毀釈(仏教は外来の宗教なので排除しましょうという考え)の流れは決定的になり、数えきれない仏像、仏画といった文化財が破壊されていたのです。

これに大きな衝撃と悲しみを受けたフェノロサは、教え子だった岡倉天心と、京都、奈良での古美術調査を始めると、法隆寺の夢殿に眠っていた秘仏「救世観音」を開帳させるなど、貴重な文化財を保存する法律の制定を働きかけます。

また日本画家たちを集めた講演では、西洋画と日本画の比較論を展開し、その優位性を伝えて彼らを鼓舞したり、ことあるごとに日本美術の素晴らしさを「日本人」に説き、その保護、再興の必要性を訴え続けました。

そして、自身も狩野派の絵師や能楽師に入門して、日本人が忘れようとしていた日本の美意識を貪欲なまでに吸収していきます。こうしたフェノロサの真摯な行動によって、性急な西洋化を進めていた明治政府は、伝統芸術復興の必要性に気付き、1887年に東京美術学校(現東京芸術大学)を設立すると、校長には岡倉天心、副校長にはフェノロサを登用します。

1882年にはもう一人、モースに誘われた医師のウィリアム・スタージス・ビゲローが、物見遊山で来日します。しかし、ビゲローもまた日本美術に魅了されて、日本に居を構えます。

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ウィリアム・スタージス・ビゲロー / image via wikipedia

約7年にも及ぶ滞在中に、日本画家やその研究に多額の経済的支援をするだけでなく、工芸品や武具にいたるまで、埋もれていた日本の美術品を買い取って収集しました。

ボストン帰国後の1890年に、ボストン美術館に日本美術部門(現東洋美術部)が設立されると、その初代部長に就くフェノロサと共に、日本美術の著名な収集家として理事に名を連ねるだけではなく、彼の膨大なコレクションは美術館に寄贈されて、モースの陶磁器、フェノロサの美術品と並び、現在のボストン美術館日本美術コレクションの形成に大きく貢献します。

過剰な西洋崇拝によって、謙虚さとはまったく別の次元で自国の文化を卑下していた時代の日本で、モースに始まり、フェノロサ、ビゲローと続く、日本の文化を愛して止まなかった3人のアメリカ人たちの情熱によって、日本の美術や文化は復興されただけでなく、日本から10,000kmも離れたボストンで、戦禍から守られ、またその価値は世界へと発信され続けていたのです。

ボストン美術館が発行した「HOKUSAI'S LOST MANGA」を美術アカデミーのオフィスで観る機会がありました。躍動感あふれる鶏や、珍しく槍ではなく刀を持った加藤清正の武者絵など日本では観られなかった北斎漫画の数々は、いつまで観ていても飽きません。

とはいえ日本人画家の葛飾北斎を、海外から紹介されるのは不思議な感覚ですが、日本人よりも日本を愛し、日本美術に魅せられた彼らに思いを馳せると、少し背筋が伸びる気がします。近年、葛飾北斎をはじめとして、日本美術が国内で再評価されていることを、第二の故郷日本(滋賀県大津)の墓所に並んで眠っている、フェノロサとビゲローもきっと喜んでいるに違いありません。

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高柳茂樹
一般社団法人日本美術アカデミー
プランニングディレクター