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【コラム】江戸最大の教育者 ― 未来を担う子供たちへ北斎からのメッセージ / 藤 ひさし

先頃、ボストン美術館(アメリカ)から出版された「HOKUSAI'S LOST MANGA」という本があります。

Hokusailostmanga

日本美術の収集美術館で世界的に知られるボストン美術館から、「失われた『北斎漫画』」として三冊分の北斎漫画が現れたのです。

『北斎漫画』は、北斎が四十歳代から描き続けた彼の絵日記のようなものです。ヨーロッパでは「北斎スケッチ」とも「北斎デッサン」とも呼んでいたようです。

十巻まではシーボルトが買って帰り、オランダでも出版され、パリでは『北斎漫画』を印象派の画家たちが教本として勉強したことでも知られています。パリでは、画家の教材として大人気でした。

この『北斎漫画』は、「ジャポニスム」の引き金として広く知られています。

ボストン美術館から出版されたその本の冒頭には和算の数式が描かれています。驚くべきことに、江戸の絵師北斎は算数まで出版物の中に入れ、子供たちに教育していたのです。

この『北斎漫画』は、絵の教材として北斎が数多い弟子たちのために最初描いたといわれていますが、人気が高く名古屋の永楽屋(出版社)から初版が出て、版を重ねたとされます。

これらの絵手本は、弟子のみかこの文化文政の時代、一万五千軒ほどのもあった「寺子屋」の先生たちがとても喜んだといわれています。江戸市中だけでも約三千軒の「寺子屋」がありました。

このことはとても大切なことで、絵の手本だけでなく書画の手本でもあり、算数まで数える大変な教材が出版されていたのです。

この北斎の教本の凄さは線画の美しさであり、パリの画壇が驚くほどあらゆるものの表現を示しているのです。動植物、花鳥、人物、風俗、風景、昆虫、魚介、水、空、風など四千種類もの画譜なのです。

江戸時代の教育者として、大阪の適塾の緒方洪庵には三千人の弟子(福沢諭吉、大村益次郎、大鳥圭介、橋本左内など)がいたといわれ、吉田松陰の塾(伊藤博文、山県有朋、高杉晋作、井上肇など)との二つの幕末の人材を育てた私塾として挙げられます。

同時代の北斎は、教育者としてあまり取り上げられないのは、私にはとても不思議に思えます。緒方洪庵の塾でも吉田松陰の塾も子供のための教育も出版物はもちろん出していませんね。

北斎はこの同じ頃、子供たちに書を教えて、絵を教え、色彩感覚を教え、次世代のために様々なことを出版というメディアと駆使して教え込んでいるのです。北斎が育てたのは次世代の子供たちです。

前者二人の教育者とは違う教育ですが、世界が評価する日本人の美術感性はある意味では北斎が必死に育てたものかも知れないと思うのです。

江戸時代の最大の教育者が北斎というのはどうですか?

世界を動かした「北斎の線」というのはどうでしょう?

いい響きではないですか?

【続編は今後公開予定】

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Hujihisashi
藤 ひさし
本名 遠藤欽久。1940年11月19日、東京西麻布生まれ。映像作家、美術コンテンツ・プロデューサー。株式会社アイ・シー・シー会長。一般社団法人日本美術アカデミー理事。中央大学フランス文学科を卒業後、会社員を経て映像制作会社を設立。ルーヴル、プラド、エルミタージュ等、海外の有名美術館と直接交渉し、主要な所蔵作品をハイビジョン映像にて撮影。「世界の美術館」(ビデオ全18巻。後にレーザーディスク、DVD版も)として1991年に発売。世界の名だたる美術館の絵画作品を居ながらにして鑑賞できる、画期的な教養コンテンツとして全国の美術愛好家に好評を博す。以後、DVDやテレビ番組など美術関連の映像制作物の脚本・プロデュース、美術関連書籍の執筆など幅広く活躍。