世界の美術館

「北斎とダ・ヴィンチ」:ジャポニスムアカデミー講座「日本のアニメ文化の原点 ジャポニズムと北斎漫画」より

北斎は、江戸時代後期の市井の絵師であるにもかかわらず、海外で最も有名な日本人画家です。特にヨーロッパでは北斎への関心が高く、2015年にパリで開かれた「大北斎展」は大盛況で、2017年にはロンドンの大英博物館で「北斎肉筆画展」が開催されるほどです。

北斎がそれほど海外で高く評価されるのは、北斎が日本のレオナルド・ダ・ヴィンチともいえるほどの天才だからです。

ダ・ヴィンチは、14世紀半ばから16世紀にかけてのルネサンス期の立役者の一人であり、芸術分野はもとより、科学、数学、工学、解剖学などの分野にまで才能を発揮した天才です。

北斎もまた、多くの分野に精通した天才です。絵の表現方法を追及するため、狩野派、琳派、大和絵のみららず、西洋式遠近法までをも貪欲に学び、肉筆画や墨絵など多様な絵を描きました。

また、工学的知識にも長け、船、橋、建築物の絵は、橋桁の組み方などが的確に描かれています。そのほかに、着物の小紋、煙管、櫛などのデザイン図も多く手掛け、デザイナーという一面も持っていました。

2人には、いくつかの共通点もあります。

まず、2人は「自然に学ぶ」姿勢と「科学的視点」を持っていました。ダ・ヴィンチは、「絵画は最高の芸術である」と主張して彫刻家であるミケランジェロと対立したときに、「私は空気が描ける」と断言しました。

Hokusikanagawa
神奈川沖浪裏 / image via wikipedia

遠くの山が青く見えるのは、水蒸気を含んだ空気層のせいであることを知っており、絵の中に空気感まで描けると言ったのです。北斎もまた、自然に目を向けていたからこそ、自然と人との戦いを題材に選び『冨嶽三十六景』の『神奈川沖浪裏』を描いたといえます。

次に、2人は芸術家でありながら「教育者」でした。ダ・ヴィンチは、自分の弟子以外にも技術や情報を伝えました。また、手稿に自らの考えや技術を詳細に書き残しました。

北斎が描いた『北斎漫画』は、優れた絵手本であり、科学的視点で描かれた教材でもありました。刷り物であったため強い発信力をもち、広い範囲に伝播させることができたのです。

当時の日本の教育機関は閉鎖的で、狩野派などは手本を自分の弟子以外に見せることはご法度でしたから、『北斎漫画』の影響力は多大でした。

北斎の線描は、世界的に有名なダ・ヴィンチのデッサンに劣らず正確でした。『北斎漫画』には3900余りのあらゆる物が線描で描かれていますが、そこに描かれた人体の動きは解剖学的にも正確でした。

『北斎漫画』がヨーロッパに伝わったとき、北斎は印象派の画家たちに高く評価されました。特にマネやドガが北斎の絵を真似し、それがきっかけとなってジャポニスムが始まりました。北斎が印象派というヨーロッパ絵画の大変革の一端を握っていたのです。

「北斎とシーボルト、印象派」:ジャポニスムアカデミー講座「日本のアニメ文化の原点 ジャポニズムと北斎漫画」より
レオナルド・ダ・ヴィンチ

一般社団法人日本美術アカデミー 事務局