ヒエロニムス・ボスは、ルネッサンス(盛期)の巨匠レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452年~1519年)と同時期に活躍した、北方ルネサンス(中でも特に今のオランダにあたるネーデルラントを中心とした)初期フランドル派を代表する画家です。
教会支配から解放されて人間中心の視点に移りつつあったルネサンスに比べると、自然に敬意を抱き限りなくありのままに描こうとする北方ルネサンスの細密な風景描写は、当時の美術先進国イタリアよりも優れていたと云われ、ボスを先駆としてアルトドルファーやピーテル・ブリューゲルらに脈々と継がれていきます。
ボスの代表作である「快楽の園」は、縦2m横4mの3枚のパネルで構成される祭壇画で、両扉を閉じた状態では旧約聖書「創世記」で創造された(天動説に基づいた)地球が描かれていますが、開扉するとその後の3つの異なる場面が現れます。
向かって左画面には「旧約聖書/創世記」第6日目の様子「エデンの園」が描かれています。イエス・キリストと、神が自らを象って創った最初の人間たちであるアダムとイブ、そして彼らを囲むたくさんの動物たちと穏やかな自然の描写は、まさに風景画家の先駆としてのボスの真骨頂といえます。
しかしそれに紛れて、後にイブを騙して禁断の知恵の実を勧めることになる蛇が、こっそりと不気味に画面右端の樹に巻き付いているのですから、ボスの描く世界にはまったく油断がなりません。
それに連なる最も大きな中央の画面には、知恵の実を食べた後の人間たちの現実世界が描かれています。
艶やかな色彩で快楽に耽る人間たちの楽しそうな様子にうっかりと魅入ってしまったとしても、右画面に描かれた不穏な「地獄」に視線を移すと、人間を頭から食らう鳥の頭を持つ地獄の王子から逃げ惑う人間たちの姿に、背筋が凍る思いをすることになるのです。
ボスの作品は、圧倒的な細密描写と類稀なる奇想で、人間の深層心理を暴き描くとも云われていますが、不気味な寓意に満ちた作品が描かれた背景には、彼の画家としての名前の由来でもある故郷や、生きた時代が深く関わっていると云われています。
【後編に続く】※9月22日公開予定