
フランス7月革命を描き、19世紀ロマン主義の代表作なだけではなく、フランス人に最も愛されている絵のひとつでもある「民衆を導く自由の女神」。
革命後に、ヨーロッパだけでなく世界中に拡散していった市民の自由は、自分たちの血を流して手に入れたのだというフランス人の矜持さえ伝わってきそうな勇壮な作品です。
同時代を生きた新古典主義のアングルの「線」に対して、鮮やかな「色」が特長のドラクロアは同時に、神話や宗教を題材にしないジェリコーに強い影響を受けていて、いま目の前で起きていることを通して、人間の存在そのものの本質にも挑み、時には政治に批判的な意を込めた作品を描いたりしているのですから、市民革命を描いたこの作品は彼の真骨頂と言えます。
その画面中心には、銃とフランス国旗を手に勇ましく屍を越えて、まさに民衆を導こうとする女性が描かれています。
実は、フランス語の原題を直訳すると「民衆を導く自由(La Liberté guidant le peuple)」であって、神でも女性でもないのですが、その自由の象徴がこの女性(女神)であることを疑う余地はありません。
しかし「象徴」であるはずのこの女性には「マリアンヌ」という名前があります。かといって彼女が実在したのかといえばそうではなくて、まさに(貴族的な旧体制を嫌い正式な国章を持たない)フランス共和国の象徴でもあり、そしてその代表的なイメージはこの作品のマリアンヌなのです。
「フランスでは、ピンチになると必ずヒロインが現れる」とフランスの友人から聞いたことがあります。
確かに、ジャンヌダルクやマドモワゼル・ソンブレイユといった、フランス史上に実在する女性から、しばしば芸術作品の中に登場する「運命の女性(Femme fatale)」というように、フランスでは、重要な場面で女性が活躍する機会が多い気がします。今でも、不定期ですが「相応しい」女性が現れると、マリアンヌとしてその胸像が公共の場に飾れたりします。
ちなみに、女優のブリジッド・バルドー(1970~1978年)をはじめとして、女優のソフィー・マルソー(2012年~)まで、7人のフランスを代表する女性たちが選ばれています。
アメリカ独立100周年を記念して、フランス人有志から贈られた「自由の女神(Liberty Enlightening the World)」もマリアンヌです。
今では諸事情を鑑みて、性別不詳の「自由の像」と呼ばれているそうですが、なんだか少し物足りないのは私だけでしょうか…
ウジェーヌ・ドラクロワの作品
・民衆を導く自由の女神
・アルジェの女たち
・ダンテの小舟
・サルダナパールの死
・モロッコのライオン狩り
著者:一般社団法人日本美術アカデミー
プランニングディレクター 高柳茂樹