イギリス/ロンドン
ロンドンのトラファルガー・スクウェアにある国立絵画館で、1824年に創設されている。ヨーロッパの大きな絵画館の中では比較的新しいもののひとつ。この絵画館のコレクションは、他の国立美術館の多くがそうであるような王室の収集物中心ではなく、ロシア生まれの商人ジョン・ジュリアス・アンガーステインが所蔵していた38点の絵画が、そもそもの基盤になっている。
1824年4月2日の議会で絵画館設立が認められ、同年5月10日、ロンドンのアンガーステイン邸でオープニングが挙行された。現在の建物はウィリアム・ウィルキンスが1838年4月9日に完成したのち、増築を重ねたもの。小規模のコレクションでスタートした同館も著名な個人収集家に依る寄贈あるいは遺贈、そして言うまでもなく同館自らの購入によって所蔵品を増やし、今日では質量ともに世界有数の大絵画館となっている。
1897年、やはりロンドン市内に分館としてテート・ギャラリーを設立し、イギリス美術の大部分を移管しているが、そのテート・ギャラリーも現在はイギリスを中心とする近・現代美術の宝庫となっている。ナショナル・ギャラリーの歴代の館長は、ケネス・クラーク、マーティン・ディヴィス、さらにマイケル・レヴィといったそうそうたる顔ぶれで、コレクションの質の高さがうなずける。
1991年7月、アメリカのロバート・ヴェントゥーリ設計によるセインズベリー館が新館として増築され、賛否両論を交えながら大きな話題となっている。
ところで、この絵画館の特色としては、何と言っても初期ルネサンスから19世紀に至るヨーロッパ絵画のバランスのとれたコレクションにある。ロジャー・フライ(1866-1934年)以降、優れた美術史家を次々と排出したイギリスならではの該博な知識と卓越した審美眼による収集品であることは、絵画館を一回りすればわかる。鋭い指摘に満ちた啓蒙書(けいもうしょ)を1冊読了したような気分になれる。つまり時代による様式の変遷を実にわかりやすく展示した構成の素晴らしさという一言に尽きるのである。
さらにこれはイギリス国内のほとんんどの美術館や絵画館に共通して言えることなのだが、広報・出版活動の充実ぶりが顕著である。頻繁に行われる作品修復の詳細な記録、時代別・国別の綿密なカタログ、一般向けの画家のモノグラフやビデオ、そしてほぼ全作品に及ぶ絵はがきやスライドが、明るく広いブック・ショップで求められる。入場も無料なので、1日に何回でも入館できるし、好きな作品1点を見るためだけに立ち寄るというぜいたくも味わえるのだ。(田辺 清)