スペイン マドリード
プラド美術館は、1819年王立美術館として開館した。ゴヤが驚異的な壁画群「黒い絵」に着手した頃である。花崗岩と煉瓦(れんが)による建物は、新古典主義者ビリャヌエバが自然科学博物館として想像したもので、鳥が両翼を南北に広げたような左右対称、矩形のプランを持つ。収蔵品は古代彫刻、モサラベとロマネスク時代の壁画を例外にすべてゴシック以降の素描、版画類を含む絵画である。
しかも侵略、強奪による絵はなく、歴代王家の熱烈な収集品を中心に、のちには宗教画を集めた”聖三位一体(ラ・トリニダード)美術館”のそれも併合し、今では油彩だけで3,000点を超える。このプラド美術館最大の魅力は、エル・グレコ、ベラスケス、ゴヤに代表されるスペイン絵画史と並んで、スペイン王室の芸術擁護とその趣味を居ながらにして賞味できることだろう。
収集の歴史は、1479年にスペイン統一を成し遂げたカスティーリャの女王イサベルがフランドル絵画を愛したのにはじまり、エスコリアル宮殿の造営王フェリペ二世の時代でピークを迎えた。『十字架降下』のウェイデンや7点余りのヒエロニムス・ボス、油絵の巨匠ティツィアーノやヴェネツィア派の作品がその頃集められ、今日のプラド美術館の礎が築かれた。続くフェリペ四世のバロック時代、門外不出とされた偉大な宮廷画家ベラスケスの『女官たち(ラス・メニーナス)』を含む代表作をはじめ、自国画家の充実が図られる一方、ルーベンスの豊穣(ほうじょう)な神話画やプーサン、ロランの風景画も造・改築された宮殿のために購入された。
1700年、スペインはカルロス二世の死を最後にハプスブルクからフランス系ブルボン王朝の支配に移る。以後の100年間、ロココ美術から新古典主義の時代にかけて外国の美術家がマドリードの宮廷に招聘(しょうへい)されるが、スペイン人としてただひとり巨匠の域に到達したのがゴヤである。初期のカルトン(タペストリー用原画)から2点の『マハ』、『カルロス四世の家族』や晩年の暗鬱(あんうつ)な作品、さらに素描や版画に至るまでの彼の芸術の全貌をここにたどることができる。
ゴヤ以降の19世紀スペイン絵画は、プラド美術館の別館として、近くのブエン・レティーロ館に展示されている。このように、プラド美術館はスペイン絵画の系譜を伝える世界で唯一の美術館であるが、それはそのままスペインの歴史博物館ということができるであろう。(大高 保ニ郎)
収蔵絵画