フランス パリ
1900年のパリ万国博覧会の時、世界各国からの見物客を万博会場近くに呼び入れようと、フランスが世界に誇る美術館ルーヴルをセーヌ河対岸に臨むまたとない立地にオルセー駅が建造された。
駅構内の脇には370室の豪華なホテルが付随しており、1900年という時点で海外旅行を楽しむことのできるブルジョワの紳士淑女たちを迎え入れていた。オルセー美術館に改造された今も、正面玄関上の食堂と隣接する中階左手のサロンに復元された華麗なインテリアに、当時の優雅な社交の有様をしのぶことができる。
パリ市内の交通が縦横に整備されると、外国からの遠距離鉄道をパリの懐深く導き入れる必要がなくなり、オルセー駅は廃駅となって、取り壊しを含めてその後の利用が様々に検討された。1973年以降、この建物を19世紀芸術の美術館へと生まれかわらせる計画が始動し、ポンピドゥー、ジスカール・デスタン、ミッテランと大統領が代わる中、一貫して実現への努力が進められた。近代絵画史上大きな反響をもった印象派の8回目にして、最後の展覧会活動があった1886年から100年目にあたる1986年の12月、オルセー美術館はやっと誕生をみた。
吹き抜け空間の突き当りの壁にかかる大時計が、蒸気機関車が入線していた頃の面影を辛うじてとどめているが、中央の広い空間の両側に3層に展示スペースが連なり、中央軸や中階のテラスに彫刻が並ぶ現在のオルセー美術館は、今やルーヴル美術館以上にゆったりとアートを満喫できる芸術の殿堂である。
装飾工芸、写真、映画など都市文化を総合的に展覧するこの美術館の構成は複雑多岐であるが、絵画史の大きな流れは、館内に入って右手最下層の展示室から、新古典主義とロマン主義の両巨匠、アングルとドラクロワの後期作品を皮切りに、国立美術学校で活躍した官学派の画家たち、左手の展示室には反体制の意気軒高なドーミエ、バルビゾン派のミレー、レアリスムのクールベそして印象派の初期作品が並ぶ。
吹き抜け突き当りのエスカレーターを最上層まで上がると、外光をとり入れた明るい室内に、モネ、ルノワール、ドガ、セザンヌら印象派とスーラなどの新印象派、ゴッホ、ゴーガンらの作品が色とりどりの鮮やかさを競っている。中層の展示室に降りると、19世紀後半の装飾美術や世紀末絵画、中階のテラスにはロダンらの彫刻が林立して、100年昔の芸術の豊かな美しさを多彩に語りかけてくる。(隠岐 由紀子)