世界の美術館

【コラム】美術の皮膚(24)「個人の感情が解放された近現代のご長寿画家たち」

今までの連載はコチラから

近代を、フランス革命が起こった1789年から、第一次世界大戦が勃発する前年の1913年までと考えると、平均寿命は66.5歳になる。ただ、1914年以降を現代とすると、僕のたった私的なリストでは、現代の画家は、(米)ロイ・リキテンスタイン(1923~1997)と(米)アンディ・ウォーホール(1928~1987)の2人だけになってしまうから、ここでは、近現代を一括りにしてみることにする。

・中世(476~1452):60.53歳(64人)
・近世(1453~1788):63.42歳(128人)5%増
・近現代(1789~):66.50(106人)4.9%増

世の中と同様に、順調に平均寿命は伸びている。

近代は、教会や王家の絶対主義に対する反動から、(フランス革命のきっかけにもなった)伝統的な権威から解放された人間本来の理性の自立を目指す「啓蒙主義」が盛んになる。

やがて、産業革命に端を発する、国家(民族)単位の経済や文化を拡大するための植民地戦争を起こした「帝国主義」、平等を求める「社会主義」など、合理的であったり科学的であったりしながら人間の理性が様々な動きを見せる。

美術に関しても、近代を迎えると、貴族のサロン文化であったロココ美術に反発するように、人間中心の古代ギリシア・ローマ時代、またはルネサンスへの回帰を目指した新古典主義や、更にそれに反発した、個性や感情を重視したロマン主義が起こり、さらにそこから発展して、写実よりも自身の心象をテーマにした印象主義が現れるなど、様々な「ism」が生れた。

20世紀に入ると、原色を多用した強烈な色彩が特徴の「フォーヴィズム」、様々な角度から見た「形」をひとつの画面に収めて、ルネサンス以来続いてきた「一点透視法」を否定した「キュビズム」、世界大戦後には人間の理性そのものを否定した「ダダイズム」など、枚挙に暇がないほどの「ism」が乱立することになる。当然、個人の感情が優先するのであれば、一度は「ism」に集った画家たちも、そのうち我が道を進んでいくのだから、「ism」自体の意味もなくなって、集散を繰り返すことになる。

Yonihisomuhibi

僕の美術の師匠でもある日本美術アカデミーの理事が『世に棲む日日』(司馬遼太郎)の中で「人間の思想や主義など幻想にすぎない」と吉田松陰の言葉が引用されていると教えてくれた。

自由な表現が許される民主主義の社会になると(美意識ではなく)思想や主義に集った画派は、短命であることが多いのだから、その通りだと思う。画家だけでなくとも、ヒトの世の中も半分以上は「ヒトの気持ち」でできているんだろうなと、確たる根拠もなくそう思える。

僕の印象だけれど、美術史の専門家の方々が、印象派以降の美術を軽視する傾向にある気がするのも、研究対象として、解放された様々な個人の感情を体系化するのは、きっと無理があるからなんだと思う。

実際に、「エコール・ド・パリ」と呼ばれる画家たちの集団は、ヨーロッパ各地からパリのモンマルトルやモンパルナスで、ボヘミアン的な生活を送っていた画家たちの総称なのだから、新興の画派をまとめて「20世紀美術」と一括りにして、お茶を濁したくなる気持ちも解らなくはない。とはいえ「20世紀美術」は、後に戦後の経済発展を背景に現代アートへと続く過渡期として、壮大な実験をしていた意義のある時代なのだと、少し生意気だけど思っている。

一方で、個人の感情が解放された近代は、何物にも属さない態度で画家たちは創作に向かうから、中世や近世と違って(一部のパトロンがいた画家を除けば)教会や王族・貴族の手厚い庇護がある訳でもなく、それほど恵まれた環境にいなかったことは想像に難くない。平均寿命が「順調」に伸びているとは言ったけれど、一般的な平均寿命と比べた伸び率は、それほどでもないのではないか?という気がしてくる。

つづく

高柳茂樹
一般社団法人日本美術アカデミー
プランニングディレクター

これまでの「美術の皮膚」