世界の美術館

【コラム】美術の皮膚(41)「花の都フィレンツェの花の画家~ふたりのヴィーナス~」

今までの連載はコチラから

ロレンツォ・デ・メディチは、ダンテの詩を愛する知識人でもあって、自分でもよく詩を詠んでいた。その中に、どれくらいボッティチェッリを寵愛していたかという一節がある。

食いしん坊のボッティチェッリ
彼のおしゃべりを聴くのは
なんと楽しいことか

ルネサンスが始まる理由のひとつに、東ローマ帝国の滅亡がある。オスマン帝国の侵略から逃れるためにギリシアの知識人たちが哲学者プラトンの思想と共に、フィレンツェに亡命してきたことが、古代ギリシア・ローマ時代の“再生”を目指すルネサンスに大きな影響を与えた。

芸術を愛するロレンツォは「美に対する精神的な愛(プラトニック・ラブ)によって、人は神に近付くことができる」と説くプラトン主義に感銘していたから、「プラトン・アカデミー」を主催して、哲学者、詩人、芸術家をヴェッキオ宮殿に招き、古代ギリシアの哲学者プラトンの思想に基いた“美の意味”について研究していた。そして、ボッティチェリもそのメンバーに加えられた。

ヴィーナスの誕生

プラトン・アカデミーでは、“美”の象徴であるヴィーナスの存在についても議論がされて、永遠の美を象徴する「天上のヴィーナス」と、世俗の美を象徴する「地上のヴィーナス」がそれぞれ存在すると考えられていた。そしてまさに、ボッティチェリの『ヴィーナスの誕生』(ウフィツィ美術館蔵/1485年頃)は、その“美意識”に基づいた「天上のヴィーナス」を描いたものだった。

実はもう一枚、ボッティチェッリの描いた「地上のヴィーナス」がある。

ラ・プリマヴェーラ(春)

幅3mを超える大作『ラ・プリマヴェーラ(春)』ボッティチェッリ(ウフィツィ美術館蔵/1482年頃)は、神話の神々が描かれた地上の楽園を表現している。画面中央の「地上のヴィーナス」は『ヴィーナスの誕生』(天上のヴィーナス)と対照的に、裸体ではなく着衣で描かれている。

神々の背景にはメディチ家の象徴であるオレンジの木々が繁るけれど、ヴィーナスの頭上にだけ木々はなくアーチ状に抜けている。

これは中世以降「聖母マリア」の頭上に描かれた伝統的な光輪を表現していて、ヴィーナスの着衣も聖母マリアの象徴である赤と青が配色されているから、まさにキリスト教の「聖母マリア」と異教の「ヴィーナス」との融合という、プラトン・アカデミーの思想を反映している。

また、ヴィーナスの横には、愛の象徴である薔薇の花柄のドレスを着た(花の女神)フローラが配され、画面下には実際にフィレンツェに咲く約200種類の花が正確に描かれて絨毯のように敷き詰められているから、間違いなく新しい文化が花開いた“花の都”フィレンツェを心の底から賛美しているのだと思う。

ボッティチェッリがメディチ家の依頼で描いた『パラスとケンタウロス』ボッティチェリ(ウフィツィ美術館蔵/1485年頃)には、“欲望の象徴”である半人半馬のケンタウロスを、“理性の象徴”であるギリシア神話の(知恵と学問の女神)「パラス」が抑えつけている姿が描かれている。

パラスの衣装にはロレンツォ・メディチの紋章が描かれているから、性悪説に則った中世キリスト教的な抑圧でなく、人間本来の理性が欲望に勝利するルネサンスの世を表現している。

ルネサンスの夜明けを告げる作品を描いて、ルセサンスの立役者ロレンツォ・デ・メディチに愛されて、ボッティチェリもルネサンスとフィレンツェをこれだけ愛していたのだから、やっぱり「ルネサンスの三大巨匠」に加えてはもらえないだろうかと思うけれど、誰に頼めば良いかも判らないから、逆に何故ボッティチェリが忘れられていたのかを、もう少し探る。

つづく

高柳茂樹
一般社団法人日本美術アカデミー
プランニングディレクター

これまでの「美術の皮膚」