世界の美術館

【コラム】美術の皮膚(54)「おしゃべりな絵画~絵画の移動と富の移動~」

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当時の世界銀行によると2015年の世界経済は「原油安、米国経済の回復、継続する世界的な低金利、一部の新興大国における国内不安要因の緩和などにより、途上国の成長率は上昇するだろう」と予想されていた。

それどころか、依然として「世界貿易の脆弱さ」「主要国の金利引き上げタイミングによる金融商品の乱高下」「原油安による産油国財政の圧迫」「ユーロ圏と日本における景気低迷やデフレ長期化」が、景気を下振れさせるリスクとして心配されていた。

要は、それほど好景気だったわけじゃない。

ところが、2015年は絵画の高額取引が盛んだった。ベスト・テン中半分の5件がこの年に売買されている。景気と絵画市場との関係性はあまりないようにも思える。戦争中にだってナチスは古典絵画を買い漁ってた。

2015年
1億8,000万ドル(7位)
『マーティン・スールマンズとオーペン・コピットのペンダント肖像』(1634年)
(蘭)レンブラント・ファン・レイン(1606~1669)
売却:ロスチャイルド家
購入:アムステルダム国立美術館とルーブル美術館

前述したように、オランダとイギリスが自国のアイデンティティをかけて、作品の流出を防ぐためになりふり構わず手を組んだけれど、いつもそういう訳にはいかない。

1億7,000万ドル(9位)
『赤いヌード』(1917年)
(伊)アメデオ・モディリアーニ(1884~1920)
購入者:刘益谦氏(中国の実業家)

ユダヤ系イタリア人のモディリアーニは、パリの外国人画家の中でもモンマルトルやモンパルナスに集った「エコール・ド・パリ」というグループに分類されるけれど、生前よりも35歳の若さで夭折した死後に評価が高まった近代絵画を代表する肖像画家だ。

近代裸婦像を代表する『赤いヌード』はN.Y.クリスティーズで競売にかけられて、山水画のような自国の絵画へのこだわりから、近年になって西洋美術の価値を認めだした中国の実業家に落札された。

2015年には他にも、2011年当時の絵画取引最高額を更新した、ポール・セザンヌ『カード遊びをする人々』(1894~1895年)と同様に、“世界で最も裕福な国”に2枚の絵が買われていった。

1億7,900万ドル(8位)当時の最高額を更新
『アルジェの女たち ヴァージョンO』(1954~1955年)
(西)パブロ・ピカソ(1881~1973)
購入者:カタール王室

20世紀美術最大の巨匠パブロ・ピカソが、(仏)ウジェーヌ・ドラクロワ(1798~1863)がハーレムの女性たちを描いた『アルジェの女たち』(1834年/ルーブル美術館)へのオマージュを込めて描いた“A~O”までの15連作のひとつ『アルジェの女たち ヴァージョンO』は、N.Y.クリスティーズでの激しい入札合戦の末、予想を大きく上回る価格でカタール王室によって落札された。

Paulgogan
いつ結婚するの?/image via wikipedia

3億ドル(3位)当時の最高額を更新
『いつ結婚するの?』(1892年)
(仏)ポール・ゴーギャン(1848~1903)
売却者:スイス人実業家ルドルフ・シュテヒリン
購入者:カタール王室

1891年に“真似事”ではない原始美術を求めてタヒチに渡ったゴーギャンが好んで描いた現地女性たちの姿で、タイトルの「いつ結婚するの?」は、後方の女性が前方の女性に発した質問だと考えられている。またこの絵も、ドラクロワの『アルジェの女たち』のオマージュが込められていると云われている。

やっぱり、世の中の景気と美術品市場の景気に連関性はないみたいだ。

むしろ美術品の場合、景気が悪いと元の持ち主が“伝家の宝物”を売りに出すのかもしれないし、いつでも“お金持ち”はどこかの国にいるから“富”の移動が起こりやすいのかもしれない。日本のプロ野球の球団オーナーも、電鉄会社からIT企業に変わっていった。

(つづく)

高柳茂樹
一般社団法人日本美術アカデミー
プランニングディレクター

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