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【コラム】美術の皮膚(4)「大事なコトはいつも酒席で教わる」

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西洋美術とキリスト教の関係について、文字のない石器時代に生きる知恵の伝達のために描かれたアルタミラ(スペイン)の洞窟壁画まで遡らなければ、14世紀に(伊)フィレンツェで興った人間中心のルネサンスという芸術運動まで、美術は教会の庇護の下で宗教的な儀式のアイコンとしてのみ存在していたし、教会支配から解放されたルネサンス期でも、それ以降の時代でも、西洋美術において宗教画や神話画は、風景画や肖像画よりも上等だと位置づけられてきた。

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「長い首の聖母」 パルミジャニーノ / image via wikipedia

ルネサンス後期に現れたパルミジャニーノ「長い首の聖母」やエル・グレコ「福音書記者ヨハネと聖フランチェスコ」に代表される、手足と首を異常に長く描くマニエリスムという美術様式がある。

今でも「マンネリ」という言葉で残っているように、ただルネサンス様式(マニエラ)の模倣に終始してルネサンスを衰退させた原因だと、まるでバロック期との狭間に咲いた徒花のように扱われていた。

20世紀に入ってようやくミケランジェロに代表される盛期ルネサンスで完成された様式の継承者であったと再評価されたけれど、現代の漫画やアニメのようなデフォルメを純粋な美術の様式と理解するよりも、キリスト教との関係で考えるともっと面白いよと、打合せの後の酒席で美術アカデミーの先輩方がおっしゃた。

宗教改革の後に勢力を拡大するプロテスタントに対抗するために、カトリック教会が人気回復の切り札として親しみやすい神さまを描かせたとか、教会の高い天井に飾る宗教画を信者たちが見上げた時にちょうど良いバランスがあの手足の長さだったと教えてくれた。

同じような理由で、上野の西郷隆盛像の頭部も少し大きく作られているらしいから、あながち酔った勢いの他愛もない冗談ではないと僕は今でも信じている。

さらにマニエリスムからバロック期になると、均整の取れた構図のルネサンス期に比べて、カトリック教会が威厳を取り戻すのと同調するように、壮麗で豪華で劇的な作品が目立つ。

夜警(フランス・バニング・コック隊長とウイレム・ファン・レイテンブルフ副官の自警団)

カラバッジオ(イタリア)、ベラスケス(スペイン)、レンブラント(オランダ)、ルーベンス(フランドル)を輩出し、結果として絵画の黄金時代と呼ばれるに至るのだから、やはりキリスト教との関係を無視して、西洋美術は鑑賞できないのかもしれないから、今度あの教授に会ったら、あの独善に2/3くらいは納得して、心の中でほんのりと謝ろうと思う。

しかし、まさに西洋美術がキリスト教的な価値観と決別したのが、モダン(近代)アートの始まりような気がする。

外面的な特徴を描いた印象派とは一線を画した、セザンヌ、ゴッホといったポスト印象派に触発された、20世紀最大の芸術家ピカソの登場である。何を題材に描くか?ではなくて、描くコト自体が意味を持つ、いわゆる「主題の終焉」からモダン・アートが始まっていく。

つづく

高柳茂樹
一般社団法人日本美術アカデミー
プランニングディレクター
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