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【コラム】美術の皮膚(30)「近現代のご長寿画家たち⑥~画家が長生きた理由を考える~」

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美術的な脈絡ではなくて、ご長寿だということだけで画家をご紹介してきたけれど、80歳以上のご長寿画家も残すところあと4人になった。

もちろん、ご長寿の画家を知ったところで、それほどの意味もないけれど、少しでもご興味を持って頂けたら、その画家たちの作品も観てもらえたらと思う。世界で最も美術展が盛んだと云われている日本では、ほぼ毎日のようにどこかで美術展が開催されているから、天気の良い週末には、是非お散歩ついでにご足労頂ければ幸いだ。

しかも、どこかで聞いた覚えがあると思った画家の名前が「美術の皮膚」に載っていたのならば、ささやかな僕の喜びでございます。

97歳(白)ポール・デルヴォー(1897~1994)

(白)ルネ・マグリット(1898~1967)と並ぶベルギー・シュルレアリスムを代表する画家。夜を舞台にした幻想的な作品は、第二次世界大戦下のヨーロッパに漂う不安感を表現していると云われている。

ただ、それだけではなく、画面には子供の頃から好きだった鉄道や、初恋の女性を神格化するような無表情な女性、博物館で衝撃を受けた人体模型といった、画家本人が「理性に背く」と表現したように、直接的な興味や関心をそのままモチーフとして描き込み、影響を受けた(伊)ジョルジオ・デ・キリコ(1888~1978)や、同世代のマグリットとも違う独自の世界を描き、終戦後には少々飽きられてしまったその他のシュルレアリスムの作品とは別に人気を得た。

リスト中2番目に長生きのデルヴォーは、最後の油彩画作品『カリュプソー』(ポール・デルヴォー財団蔵/1986年)を描いた時に、ほとんど視力を失っていたと云われている。

85歳(仏)ジャン・デュビュッフェ(1901~1986)

フランスを中心に興った、激しい抽象絵画を中心とした前衛芸術運動アンフォルメル(不定形の芸術)の先駆者。実家のワイン商を継ぎながら趣味で絵を描いていたが、40歳を過ぎてから本格的に画家の道に進む。

伝統的な西洋美術の文化を否定して、精神病患者や子供の描くような「アール・ブリュット(生の芸術)」を提唱して、近代文明に侵されていない人間の深層にこそ人間の本質があると考えて、荒々しい原始的なエネルギーを表現し続けた。

「ウルループ」と名付けられた細胞ともパズルとも見える独自の連作は代表作でもあり、彼の目指した表現の頂点とも云われている。

85歳(西)サルバドール・ダリ(1904~1989)

具象的シュルレアリスムの代表的な画家。特にダリは、学生時代にフロイトの『夢判断』に触発されて自身のスタイルを「偏執狂的批判的方法」と呼び、写実的でありながら多重なイメージを用いて、夢の中のような風景画を多く描いた。

映画監督、写真家、宝石デザイナー、さらに世界的に有名なキャンディー「チュッパチャップス」のロゴデザインをするなど活躍は多方面にわたり、また大衆メディアへの露出も多く、雑誌「TIME」の表紙を飾るなど、天才を自称して憚らず、口ひげを特徴としたキャラクターは、アメリカ大衆文化のスターとしてもて囃されたけれど、画家仲間からは「ドルの亡者」と揶揄された。

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数々の奇行や放言で知られたダリだけれど、20世紀芸術の扉を開いたピカソとマティスが口を揃えて畏怖している(仏)ポール・セザンヌ(1839~1906)を「観念的唯物主義者」と断じて反発する一方で、(蘭)ヤン・フェルメール(1632~1675)を敬愛し、特にフェルメール作品の中で最も小さな『レースを編む女』(ルーブル美術館/1669~1670)を観て「女性の持つ(画中には)見えない針を中心に宇宙が回っている」と絶賛している。

25歳の時に知り合った10歳年上の愛妻ガラは、彼の作品だけでなく人生そのものに大きな影響を与えている。

個人的な話で恐縮だけれど、僕が初めて触れた絵画は、叔父に見せてもらったダリの画集で、溶けた時計や異様に足の長い馬を観た衝撃はきっと僕の人生にも少なからず影響を与えている。これはどうでも良いけど・・・

83歳(英)フランシス・ベーコン(1909~1992)

ウィリアム・ターナー(1775~1851)と並ぶ英国最大の画家とも、20世紀後半における最も重要な肖像画家とも、現代美術に大きな影響を与えた20世紀で最も重要な画家の一人とも云われているけれど、第二次世界大戦後に全盛となった抽象絵画に対して具象絵画にこだわり続けたベーコンは、罵声と称賛の両方を生涯受け続けた。

ロテスクなほどに歪曲された人物表現は、現代における人間存在の孤独感を表現していると云われている。ピカソに影響を受けた、時間の経過や連続性を主題とした「トリプティック」や「ディプティック」と呼ばれる連作も多い。

専門的な美術教育は受けず、独学で絵を描きながら、自身の定める主題を探して迷っていた期間が長かったためか、多作な画家ながら過去の作品を破棄する癖もあって遺っている作品は少なく、作品の価値に希少性を与えている。『ルシアン・フロイドの3つの習作』(個人蔵/1969年)は、2013年クリスティーズのオークションで当時の最高額で売買された。

リスト中で最後のご長寿であるフランシス・ベーコンは、お酒やギャンブルに明け暮れた生活を続けながら83歳まで長生きしたけれど、もう一度たった私的なリスト中の平均寿命を見てみると

・中世(476~1452) :60.53歳(64人)
・近世(1453~1788):63.42歳(128人)+5%
・近現代(1789~) :66.50歳(106人)+4.9%

膨大な資料を基に世界経済を研究した、前述(英)経済学者アンガス・マディソン博士の資料に、2015年のWHOのデータを加えると一般的な世界の平均寿命推移は

1000年:24歳
1820年:26歳 +8.3%
1900年:31歳 +19.0%
1950年:49歳 +58.0%
1999年:66歳 +35.0%
2015年:71.4歳 +9.2%

乳幼児の死亡率を除いたとしても、基本的に人類の平均寿命は、社会の安定や医療技術の進歩によって順調に伸びてきて、さらに20世紀に入って「飛躍的」に伸びている。

もう一度画家たちの寿命を100年単位で区切って見てみると、画家たちの平均寿命の伸び率は、世界平均のそれと比べて「飛躍的」に伸びているとは言えない。言い方を変えれば、いつの時代も60~70歳くらいで安定しているということになる。

13世紀生れ:63.67歳(6人)
14世紀生れ:59.69歳(18人)-6%
15世紀生れ:59.31歳(77人)-1%
16世紀生れ:62.46歳(41人)+5%
17世紀生れ:64.36歳(28人)+3%
18世紀生れ:72.00歳(26人)+12%
19世紀生れ:66.15歳(95人)-8%
20世紀生れ:71.00歳(7人)+7%
*生年/没年不詳(3人)

大飢饉やペストの大流行でヨーロッパの人口が30%以上も減った14~15世紀を除けば、教会や貴族が支配した時代に、それらに庇護されていた画家たちは、俗世とはかけ離れた恵まれた環境にいて(戦争にも駆り出されずに)一般的な寿命と比べて長生きしたはずだし、フランス革命以降の民主主義の社会では、自由な創作環境を手に入れた替わりに庇護者もいなくなって、自分の力で生き抜くという普通の暮らしぶりで、一般的な平均寿命と並んできたということなんだと思う。ヨーロッパの革命や内戦が頻発した19世紀には、恐らく一般市民と同様に戦場に駆り出されてしまったはずだから、少し平均寿命も下がっている。

創作への意欲のような強い意志こそが、長生きの秘訣だったとドラマチックに言いたいところだったけれど、美術を「時代に寄り添う」存在だと考えれば、やはり画家の人生も、その時代と美術との関わりに因るところが多いと考える方が、説得力がある気がする。

とはいえたった僕の「気がする」だけなので、そんな話を仲良くしてもらっている日動画廊の専務に話してみたら、それもそうかもしれないけれど画家の創作態度にも長寿の理由があるのではないかと言う。

先ずは自己表現(好きなこと)をしているというストレス・フリーの精神的な側面。もう一つは、作家のように指先だけでペンを走らせるのではなく、体全体を使って大きなキャンパスに描いたり、そのキャンパスを移動したりするのは大変なことで、意外に運動不足ではなかったらしい。

確かに、チューブ絵具が発明されて屋外での創作が可能になると、印象派の画家たちは、重い画材を背負いながら、こぞってきれいな風景を探しに外出している。きっとバスも電車もタクシーもない時代だから、パソコンの前の僕よりも歩いていたに違いない。

そんな話を聞いてしまうと、数字遊びだと言ってデータをこねくり回していたことが無駄だったんじゃないかと少しだけ凹むけれど、気を取り直して次の「美術の皮膚」を探さないと締め切りが来る。

高柳茂樹
一般社団法人日本美術アカデミー
プランニングディレクター

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