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【コラム】美術の皮膚(22)「近世のご長寿画家たち②~近代絵画の祖父?シャルダンまで~」

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画家や作品を深く掘り下げるのではなく、美術のとば口で立ち話をするように表面的にご紹介している「美術の皮膚」だけれど、ただ「ご長寿」というだけでリストアップすることもなかなかないだろうと、ほんの少しだけ自負しているけれど、もちろん威張れるわけもないので、少しでもご興味を持っていただければと、今日もひたすらにご紹介を続けさせていただく。

88歳(伊)ティツィアーノ・ヴェチェッリオ(1488頃~1576)

聖母の被昇天
聖母の被昇天」 ティツィアーノ・ヴェチェルリオ

ヴェネツィア派最大の巨匠として、色彩の錬金術師と異名を取り、ヴェネツィアだけでなくヨーロッパ中にその名を響かせ、神聖ローマ帝国の歴代皇帝がパトロンにいた。

ミケランジェロとティツィアーノ。(伊)ルネサンス期を代表する、それぞれフィレンツェ派とヴェネツィア派で最大の巨匠たちが、近世「ご長寿」1位と2位。

84歳(伊)バロッチ・フェデリコ(1528頃~1612)

マニエリスムとバロック美術の架け橋ともいえる、明るい色彩と甘美な表現で独自の画風を確立し、ローカルでの活躍ではあるものの故郷ウルビーノの名家に庇護された。

85歳(仏)フランス・ハルス(1581頃~1666)

ジプシー娘
ジプシー娘」 フランス・ハルス

スペインからの独立を果たし、貿易を中心にヨーロッパの中でも最も豊かだったオランダの黄金期を代表する画家。

その他のヨーロッパはカトリック教会が主導するバロック期を迎えたけれど、プロテスタントが主流のオランダでは、宗教画よりも市井の人々を描く風俗画や風景画が多く描かれ、中でも人々の活き活きとした笑顔を多く描いたフランス・ハルスは「微笑みの画家」とも呼ばれている。

85歳(フランドル)ヤーコブ・ヨルダーンス(1593~1678)

ヨーロッパ中の貴族たちに人気を博した(フランドル)ピーテル・パウル・ルーベンス(1577~1640)に多大な影響を受けただけでなく、彼の死後は、バロック期(フランドル)アントウェルペン派を代表する画家として後継となる。

ただ、画家としてだけではなく外交官としても広く活躍したルーベンスとは違って、人生の大半を故郷アントウェルペンで過ごし、また同郷で同時期に活躍したヤン・ブリューゲル(父)(1568~1625)と同様に、格言を主題にした風俗画を多く描いた。

82歳(仏)クロード・ロラン(1600~1682)

ローマの聖女パウラの乗船とオスティア港風景

バロック期フランスを代表する画家だけれど、(伊)ローマに移って活躍した風景画の巨匠。当時のローマで風景は主要な画題ではなかったが、「人物は風景のおまけ」だと言い放ち、細密で鮮やかな作品で、ローマ教皇や貴族たちに寵愛された。

80歳(フランドル)ダフィット・テニールス(子)(1610~1690)

宗教画も描くけれど、風俗画、風刺画、寓意画を得意とする。35歳で地元アントウェルペン画家組合の組合長に選ばれるなど、若くして才能を発揮して、ブッリュッセルの宮廷画家になり順風満帆の画家人生を送ったに違いない。

彼の父も息子もみな同じ名前(ダフィット・テニールス)で、同じ職業(画家)。しかも画家一族の(フランドル)ヤン・ブリューゲル(父)の娘と結婚しているから、超画家一族だ。

82歳(伊)ジュセッペ・マリア・クレスピ(1665~1747)

18世紀ボローニャ派を代表する画家。宗教画を描いていたけれど、フィレンツェ滞在をきっかけに当時フランドル地方からイタリア、フランスに広がっていた風俗画を描くようになった。

強烈な明暗表現で描かれる風俗画は、独特の空気感を表現して、何気ない生活の一場面に神秘性さえ感じさせる。

82歳(伊)アレッサンドロ・マニャスコ(1667~1749)

暗部を強調した明暗の対比や不思議な線描で、幻想的な表現で描かれた作品は、風刺とも空虚とも取れる独特な世界観で、時代の中で異彩を放っていた。

81歳(仏)ジャン=マルク・ナティエ(1685~1766)

18世紀フランス・ロココ美術を代表する肖像画家。両親共に肖像画家という画家として恵まれた環境に育ち、そこそこ若くして35歳の時には王立アカデミーへの入会が認められた。

神話的な要素を取り入れた女性の肖像画で一世を風靡するだけでなく、当時宗教画・神話画よりも地位が低いとされていた肖像画の地位さえも高めたと云われている。

80歳(仏)ジャン・シメオン・シャルダン(1699~1799)

ラケットとシャトルをもつ少女
ラケットとシャトルをもつ少女」 ジャン・シメオン・シャルダン

仏ロココ美術を代表する人気画家。特に風俗画と静物画が得意で、初期の代表作『赤エイ』(ルーブル美術館/1727-28)は、異例の速さ(28歳)で王立アカデミーへの入会が認めらるきっかけとなった。

仏国王ルイ15世、露女帝エカテリーナ2世をはじめとした貴族たちを有力な顧客として、画家としての地位を確立した。

シャルダンの正確で堅牢な描写は、20世紀最大の画家(西)パブロ・ピカソ(1881~1973)が創始したキュビズムの先駆となったと云われている。

また、それだけではなく、ピカソと並んで近代絵画を牽引したフォーヴィズムの創始者(仏)アンリ・マティス(1869~1954)、そしてピカソとマティスの両者に多大な影響を与えたと云われる(仏)ポール・セザンヌ(1839~1906)は、揃って『赤エイ』を模写したらしい。

近代絵画の父と呼ばれている画家たちとの関わりを考えると、シャルダンはさながら近代絵画の祖父ということかもしれない。

(つづく)

高柳茂樹
一般社団法人日本美術アカデミー
プランニングディレクター

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