コラム, 美術の皮膚

【コラム】美術の皮膚(152)カラバッジョ~どんでん返し~

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真贋についての多少の向かい風をものともせず、画商のプライドを賭けたニューヨークでのお披露目がとりあえず成功裏に終わり、地元トゥールーズで開催されるオークションに少なからずの光明が見え始めた時に、予想もしない逆風が吹いた。

150億円の値踏みの根拠にもなっていた、2017年にクリスティーズでおよそ500億円で落札されたレオナルド・ダ・ヴィンチ『サルバトール・ムンディ』が、真作ではないとの学説が発表されてしまう。

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「サルバトール・ムンディ」/image via wikipedia

『サルバトール・ムンディ』も、20世紀半ばにはレオナルド・ダ・ヴィンチの作品の複製画として扱われ、わずか1万円程度で取引されていたものが、21世紀に入って100万円で取引された後の修復作業を経て真作であると見直され(英)ロンドン・ナショナル・ギャラリーに展示されると、その後は90億円、140億円とうなぎ上りに価値が上がって、とうとう史上最高額の500億円にまで到達したけれど、まさに真作ではないとなれば、市場価値優先の取引に警鐘が鳴らされた形になった。ブレラ美術館の館長が言った「どこかの美術館が購入したらその瞬間に魔法のようにカラバッジョだと認められるのだ」と嘯いたのも、今となればかなりの皮肉が込められていたと思えなくもない。

ただ、明らかに真作ではない作品を高値で買ってしまったとなると、いくら話題性で来場客が増えたとしても、美術館の権威は失墜するから、誰もリスクを冒せなくなるに決まっている。もちろん、芸術よりもお金が好きな拝金主義の富裕層も、何よりもお金が好きなのだから偽物に大金をつぎ込むわけはない。

オークションには、ロシア、中国、サウジアラビア、UAEから来場が見込まれていたけれど、情報化社会において「『サルバトール・ムンディ』は偽物だった」というニュースが耳に入っていないはずもない。あえなく開催2日前の夕方にオークションは中止に追い込まれた。いや、もしかしたら追い込まれたのではないかもしれない。

オークション中止の理由は「プライベート・セールが成立したから」だと言うのだけれど、購入者も購入額も明らかにされてはいない。主催者が「ポーカーでも潮時がありますよね?」と気取って嘯いても、元々焦臭かったのだからあれこれと想像してしまう。

彼らは、オークションが失敗して140億円どころか二束三文で落札されることを、寸でのところで回避したのか?それとも、元々オークションのリスク回避の為に購入者の目星をつけて裏で取引をしていたのか?いや、始めからオークションなど開催するつもりもなくて、絵の値段を高めるためのただの話題作りの壮大な茶番劇だったのか?ドキュメンタリーもこの時点では真相を明言してはいない。なんとか面子を保って安堵した主催者たちの今ひとつ跳ねきれない打ち上げパーティでお茶を濁す程度だ。

そこで、まるで“緊急速報”のように購入者の名前が流出したというテロップが流れる。その名はアメリカの大富豪トムソン・ヒル。メトロポリタン美術館の一大パトロンだ。

もちろん、美術館の為に購入したのだろうから、もうこうなるとあのSNSで『ユディトとホロフェルネス』を絶賛してみせたメトロポリタン美術館主任学芸員のクリスチャンセンが上手く立ち回ったのではないかと勘繰りたくもなる。

ただ、購入金額までは明かされていない。画商が付けた140億円なのか?オークションのスタート予定価格40億円なのか?何れにしても美術館が購入したとなると、世間には高値で売ったと思わせておけばカラバッジョの作品を発見した競売人と画商の名前は、美術史に遺るのだから自分たちの面子は潰れずに済む。「所有者の利益を最大限にするのが仕事だ」と言っていた気はするけれど。

つづく

高柳茂樹
一般社団法人日本美術アカデミー
プランニングディレクター
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