コラム, 美術の皮膚

【コラム】美術の皮膚(112)「ロートレック~浅からぬ因縁~」

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ロートレックドガも、印象派の画家たちと違って、ことさらデッサンを大事にしていたから当然といえば当然なのだけれど、「陰影がないシンプルな線描で忠実に描かれた躍動的な動き」(版画家フェリックス・ブラックモン)や、「光と影の戯れもなしに、はるかに単純な方法で描かれている。自然からかけ離れていて、しかも自然に近いのだ。その高貴さと率直さは、今さら強調するまでもないだろう」(画家ポール・ゴーギャン)が評したように、19世紀のパリを驚かせた日本の浮世絵の影響を二人とも強く受けている。とはいえ、当時の画家たちの多くは「ジャポニスム」と呼ばれた日本の虜になっていたから、やっぱり当たり前といえばその通りだけれど。

直接的な接点はないはずなのに、富裕な家の出身で、卓越したデッサン力で、夜のパリの一瞬の動きを写し取り、光ではなく影を描き、ジャポニスムに影響されただけでも、十分な二人の共通点だけれども、19世紀のパリは僕の予想をはるかに超えて悪戯好きなようだ。

前述のように、19世紀パリの市民社会が爛熟すると、その裏方として「踊り子」や「娼婦」、「洗濯女」と呼ばれた職業は、社会の底辺として扱われていた。その証拠に、19世紀のパリを描いた印象派の画家たちの作品に、彼女たちはほとんど登場しない。

もしかしたら僕の不勉強かもしれないけれど、思いつくのはやはりドガの『アイロンをかける女』(1886年/オルセー美術館蔵)くらいだ。

アイロンをかける女たち

実際に、印象派を擁護した小説家エミール・ゾラの代表作「居酒屋」では、南仏の田舎から出てきた女性が頑張って洗濯屋さんを開業するけれど、お酒や愛欲といった都会の誘惑に負けて堕落した姿が描かれている。

同じ陽の当たらない職業でも、唯一例外として絵の中に登場する女性は、売れない画家たちに薄給で雇われていた絵のモデルだ。当時のモデルは、画家と男女の関係を持つことも少なくなくて、蔑まれていた職業でもあったけれど、その一人にルノワール都会のダンス』(1883年/オルセー美術館蔵)にも登場する(仏)シュザンヌ・バラドン(1865~1938)という女性がいた。

都会のダンス

それこそ彼女は「洗濯女」の私生児として生まれて、サーカスのブランコ乗りを目指していたものの、怪我で断念して絵画モデルに身を窶していたけれど、ロートレックは彼女と同棲を始める。

しかし、それはいわゆる当時の画家とモデルの関係を超えて、思い通りにいかないハンデを持つ彼女への共感であったことは、前述のルノワールの絵と、ロートレックの描いた『二日酔い、シュザンヌ・ヴァラドンの肖像』(1888年/フォッグ美術館蔵)を比べると一目瞭然だ。そこには飾らない彼女の素顔がある。

Labuveuse
「二日酔い、シュザンヌ・ヴァラドンの肖像」/image via wikipedia

しかし、ロートレックは彼女を描いただけではなく、彼女の絵の才能を見出して画家になる事を勧めた。すると後にシュザンヌ・ヴァラドンは、官展に入賞してソシエテ・ナショナル・デ・ボザール(仏国民美術協会)初の女性会員になったりするのだけれど、本格的に絵を始めた彼女が師事したのが、ドガだったりするから、ロートレックとドガの浅からぬ因縁を感じないわけにはいかない。

ちなみに、父親の判らぬ彼女の息子も、後に画家になる。(仏)モーリス・ユトリロ(1883~1955)だ。一説には、モデルを務めていた時期から推測して、ルノワールが父親ではないかと云われているけれど、恋多きシュザンヌ・ヴァラドンは、象徴主義の画家(仏)ピエール・シャバンヌ(1824~1898)や、音楽家エリック・サティとも交際していたから、シュザンヌ・ヴァラドンがモデルの『都会のダンス』と対を為す『田舎のダンス』(1883年/オルセー美術館蔵)のモデルと結婚したルノワールを慮って、ユトリロには申し訳ないけれど有耶無耶にしておくことにする。

Pierre Auguste Renoir Country Dance Google Art Project
「田舎のダンス」/image via wikipedia

とはいえ、シュザンヌ・ヴァラドンは子育てには全く興味がなかったようで、アル中の祖母に預けっぱなしの息子が、画家として名前が売れるようになってからようやく知ったらしい。しかも、自分が楽をするために息子に創作を強いたから、今では粗製乱造されたユトリロの絵の値段は、今ひとつパッとしないのだと聞いたことがある。

息子の絵の才能を見出しただけではなく、退廃的な生活が原因で36歳で夭折した息子を思って、亡くなるまで埋葬された墓地の方向に向かって終日何か語りかけていたロートレックの母親と比べてはいけないのだろうけれど、やはりロートレックの描いたシュザンヌ・ヴァラドンの太々しい二日酔いの表情は、彼女の内面まで見透かしていたのかもしれない。

つづく

高柳茂樹
一般社団法人日本美術アカデミー
プランニングディレクター
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