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【コラム】美術の皮膚(83)「印象派物語~迷走再び~」

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“官展”への対抗心を剥き出しにしたドガが仕切り出した第5回印象派展は、第4回の翌年1880年に早速開催される。ドガの嫌った「印象派」の名称も「独立派」に変えられて、“写実主義”の画家たちを巻き込んで数的な勢力の拡大を図ろうとなりふり構わないドガの態度に嫌気がさした、この物語の主役モネは、ついに印象派から離脱して、同年の“官展”に出品してしまう。

もっとも、直接的な原因は、ドガが誘った写実主義の(仏)ジャン=フランソワ・ラファエリ(1850~1924)が、40点近くの自作を持ち込んで展示会を占拠しようとしたことにあるようだ。モネにしてみれば、もう最初の頃のグループ展からは程遠い内容になるのだからたまったものではない。「絵の良し悪しではないけれど、最初に集った仲間を大事にしたい」と捨て台詞を遺して去っていった。

しかも、ラファエリはそれまで度々“官展”にも出品していた画家なので、そもそもドガの作った「“官展”に出品した画家は参加資格がない」というルールを逸脱しているから、モネが“官展”に出品したのも、筋を通さないドガへの子供みたいな“あてつけ”なのかと勘繰りたくもなる。

内容的にも、写実的な画家の参加したり、絵の題材がバラバラで、ようやくパリの美術関係者に“印象派的”な絵が認知されてきたのに、結局何がやりたいのか?と評価されるから、まずます迷走していく。

第5回(1880年)

ピサロ
モリゾ
ドガ
カイユボット
ゴーギャン
メアリー・カサット
等18名

第5回の迷走をきっかけに、ドガとカイユボットの対立が表面化する。カイユボットは、初期メンバーのルノワールやセザンヌを呼び戻したくて、まとめ役のピサロに「ドガが連れてくる新しい画家たちを排除してくれ」と提案したけれど、どいう訳かピサロhはドガの味方に付くから、結局カイユボットも離脱してしまう。最年長者のピサロ爺さんは柔和で面倒見は良かったけれど、どっちつかずでむしろ火に油を注いだりするから、やっぱり仲間をまとめられない。

第6回グループ展の名前も“独立派展”に変えられた上に、“印象派”オリジナルの参加者は、ピサロとドガとモリゾのたった3名だけになっていたから、ここに至れば“印象派”の“い”の字も見られない。元々、目を患っていて戸外での制作が難しかったドガにしてみれば、“印象派”の名前を消すことは、してやったりなのかもしれないけれど、主役のモネまでいなくなってしまうのは混沌の極みだ。

Glyptoteket Degas
「14歳の小さな踊り子」 / image via wikipedia

自業自得とはいえ孤軍奮闘のドガは、新しい芸術を目指す“独立派展”の象徴として、『14歳の小さな踊り子』(1881年/ワシントン・ナショナル・ギャラリー)という“蝋人形”を出品して来場者の意表をついてみせたけれど、あまりにリアルな出来栄えだったから、その衝撃はむしろネガティブなものだった。さすがのドガも、好んで制作していた彫刻を、その後一切発表することはなかった。

ブージヴァルのウジェーヌ・マネと娘
案の定、今回の“独立派展”の評価は散々だったけれど、その中でも(仏)ベルト・モリゾウージヴァルのウジェーヌ・マネと娘』(1881年/マルモッタン美術館)、(米)メアリー・カサット眠たがる子どもを洗う母』(1880年/ロサンゼルス・カウンティ美術館)の二人の女性の描いた“印象派”的な作品は好意的に受け入れられたから、ドガとピサロの目指した方向は、少し時代とずれていたのかもしれない。いや、どっちつかずのピサロは何も目指していなかったのかもしれないけれど。

第6回(1881年)

ピサロ
モリゾ
ドガ
ゴーギャン
カサット
ギヨマン
等13名

Guillaumin SoleilCouchantAIvry
アブサンを飲む人々」:「イヴリー河岸の日没」/ image via wikipadia

ただ、“参加資格”について議論になっていた、写実主義の(仏)ジャン=フランソワ・ラファエリ(1850~1924)『アブサンを飲む人々』(1881年/リージョン・オブ・オナー美術館)や、(仏)アルマン・ギヨマン(1841~1927)『イヴリー河岸の日没』(1869-1873年頃/オルセー美術館

(つづく)

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