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【コラム】美術の皮膚(72)「印象派物語~なぜ印象派は日本で人気なのか~」

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10年くらい前に制作した美術番組は、当時の人気番組「家政婦のミタ」と並ぶ高視聴率をたたき出して僕は少し鼻高々だったけれど、実は同じ頃に開催されていた美術展のお蔭だってことも知っていた。取り上げた画家は“フェルメール”。

手紙を読む若い婦人
フェルメール/「手紙を読む若い婦人

以前にも、日本人の嗜好として、作品そのものというよりも、その作品の持つ“謎”や“物語”に興味があるんじゃないかという仮説をご紹介したけれど、そういう意味ではフェルメールは謎に満ちた画家で、それを裏付けることにもなるから、僕はまた鼻高々になる。

とはいえ、謎だらけのフェルメールをテーマにした番組を、そうそう続けて制作できるわけもない。追い風に乗って同じテーマで制作してくれという依頼には困ったけれど、カラヴァッジオレンブラントラ・トゥール、そしてフェルメールからモネまで続く、“光を描く画家の系譜”をテーマにして切り抜けた。

時々、テレビや雑誌で「日本人の好きな画家は?」というランキングを見かけるけれど、きっとその年の1位はフェルメールだったに違いない。2019年の今もまたフェルメールの作品は来日してるから、やはり大規模な美術展が開催されていたルーベンス、ムンクと並んで上位に名を連ねるんだと思う。

そんな流行とは関係なく、いつも「日本人の好きな画家」のランキングの上位に入るのが、(蘭)フィンセント・ヴァン・ゴッホ、(仏)クロード・モネ、(西)パブロ・ピカソ、(仏)オーギュスト・ルノワールだ。20世紀最大の画家ピカソを除くと、みな“印象派”の画家だ。恐らく、世界中で最も日本人が“印象派”を好きだと言っても過言じゃない。

西洋の古典絵画は、基本的に聖書か神話を描いていて、保守的な美術関係者によっては「聖書と神話を学ばずに絵画を観るなかれ」くらいのことを平気で仰る。もちろん、学んだ後の方が、より絵画を楽しめるのだけれど、何もそんなに美術鑑賞のハードルを上げることもないだろうとも思う。

もしかしたら19世紀後半フランス市民革命の後にパリを中心にして興った市民文化としての芸術運動である“印象派”は、宗教的な概念とは独立した精神文化を確立しているから、日本人に人気なのかもしれない。

市民文化といえば、日本だと江戸時代だけれど、浮世絵のように市民の日常を描く風俗画が流行したのは18世紀からだから、日本は西洋に比べて100年以上も先んじているわけで、生き残るための洋化政策とはいえ明治政府が切り捨てた江戸の文化はもったいない。

17世紀の大航海時代に端を発して、ここ数十年の間にも喧しく言われているグローバリゼーションという言葉に、僕が違和感を感じるのは、その根っこには各国のナショナリズムがなければ成立しないと思うからで、2019年のラグビーワールドカップ、2020年のオリンピックを前にしての北斎ブームや江戸の市民文化への回帰は必然的な気がする。

とはいえ、謙虚と云う美学も含んだ日本の文化は、なかなか欧米化の渦の中で、強い主張をするのには向いていないのかもしれないけれど。

でも決して「日本人の好きな画家」の中に、雪舟や葛飾北斎がいないことを憂いているんじゃない。

つづく

高柳茂樹
一般社団法人日本美術アカデミー
プランニングディレクター
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これまでの「美術の皮膚」

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