コラム, 美術の皮膚

【コラム】美術の皮膚(43)「盗難絵画~20世紀最大の盗難事件~」

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ご案内をいただき銀座・数寄屋橋からほど近い日動画廊で開催されていた「創業90周年記念第44回日動展」にお邪魔すると、印象派を代表する(仏)オーギュスト・ルノワール『レッスン~本を読むクロード・ルノワールとビエル先生』(1906年)が、然りげなく飾られていた。子煩悩だった彼が好んで描いた家族の肖像画だ。その隣には、20世紀最大の芸術家(西)パブロ・ピカソの作品も当たり前のように飾ってある。

画廊の良いところは美術館と違って、入場無料で巨匠たちの作品を目の当たりにできるだけじゃなくて「いったい、いくらぐらいするんだろう?」という僕の俗物的な好奇心にも答えてくれるところだから、仲良くしてもらっているのを良いことに、冗談好きの常務に質問してみると「両方とも10億はしませんね」と教えてくれた。きっとこれは、いつもの冗談じゃなくて7億円くらいするはずだ。

銀座の入り口の大通りからドアを一つ隔てただけの壁に、総額10億円を超える絵画が飾られているとなれば、他人事ながら盗まれやしないかと心配になる。「盗品はそう簡単に現金化できないのよ」と打合せが終わってギャラリーに顔を出した創業者の孫娘でもある専務がおおらかに笑うけれど、とはいえ10億円だ。保険にだって入っているだろうけれど、悪者はこと悪事に関して時に想像を超えたアイデアを考えたりする。しかも、観てもらうために飾っているのだから、開放的な空間である必要さえある。

そういえば、映画ダ・ヴィンチ・コード(米/2006年)でも、トム・ハンクス演じるラングドン教授が「美術館は侵入を阻むのではなく侵入者を封じ込める警備をしている」と言っていた。確かに、この画廊の扉も鉄製で大きくて重たいから、絵画を持って独りで開けるには苦労しそうだけれど、でもやっぱり心配だ…

というのも、実際に世界中で絵画の盗難事件は結構たくさんあって、まだ発見されていない作品は2万点以上にも及ぶと聞いたことがあるからだ。防犯システムの発達した近年こそ目立った事件は起こっていないようだけれど、1990年から2005年で被害総額は10億ドルを超えるとも云われていて、国際的な警察組織であるインターポールには盗難絵画の専門部署まであるらしい。

経済的な打撃もさることながら、僕たちの目の前から名画が消えてしまうことの文化的な衝撃は計り知れない。しかも、戻って来た絵画は多くの場合に傷んでいて、大規模な修復が必要になる。

モナ・リザ
モナ・リザ」/レオナルド・ダ・ヴィンチ

その中でも、1911年の『モナ・リザ』(ルーブル美術館/1503~1519頃)盗難事件は、間違いなく「20世紀最大の窃盗事件」だと言える。事件当時でさえ『モナ・リザ』には500万ドルの価値があると云われていのだから、もはや値段の付けられない世界の遺産だ。

ちなみに同じレオナルド・ダ・ヴィンチ作『サルバトール・ムンディ(世界の救世主)』(1500年頃)は、2017年にクリスティーズのオークションで史上最高額の約4億5,000万ドルで落札されている。

・世界を揺るがしたもっとも有名な女性の誘拐事件
1911年8月22日
モナ・リザ』レオナルド・ダ・ヴィンチ
盗難場所:(仏)ルーブル美術館
発見場所:(伊)フィレンツェ「ホテル・トリポリ・イタリア」20号室
*解決

その価値に違わぬほど、『モナ・リザ』は世界で最も有名な絵画であるだけではなく、世界で最も有名な女性だと言っても過言ではないだろう。

海外では『ラ・ジョコンダ』と呼ばれているように、フィレンツェの商人フランチェスコ・デル・ジョコンダが依頼した、夫人の肖像画であるけれど、どういう訳かレオナルド・ダ・ヴィンチは、前金を受け取ったにもかかわらず作品を渡さずに、死ぬ直前まで筆を加えていたと云われている。

関連:【コラム】秘められた母親への憧憬(前編):レオナルド・ダ・ヴィンチ/「モナ・リザ」

大事件の当日、『モナ・リザ』が、ルーブル美術館から忽然と消えたまさかの出来事に、来場客も美術館スタッフさえも「きっとスタジオで撮影でもしているんだろう」と高を括って、盗難に気付いたのはかなりの時間が経ってからだと云われている。

しかし、すぐに世界中のメディアが大騒ぎを始め、その後は厳重な捜査網が張られることになる。あのピカソが容疑者として捕まったり、多額の懸賞金が掛けられたり、どれほどの大騒動だったのか想像するに難くはないけれど、一向に『モナ・リザ』の行方は判らないのだから、大げさではなく世界中が涙に暮れた。

つづく

高柳茂樹
一般社団法人日本美術アカデミー
プランニングディレクター
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