コラム, 美術の皮膚

【コラム】美術の皮膚(75)「印象派物語~マネとモネ~」

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日本人が世界で最も“印象派”が好きな理由を、“判官贔屓”で“群像好き”だと勝手に想像してみたから、彼らが保守的な美術界へ果敢に挑戦していく姿を、あえて偏見も含めてドラマ仕立ての青春群像として捉えてみると、自分でも驚くほど面白い。何より登場人物たちのキャラクターが魅力的だ。

最初の方にしか出てこないけれど、物語の始まりを告げるのは“印象派の父”(仏)エドゥアール・マネ(1832~1983)。結構太々しい性格で、保守的な評論家からの酷評にも「私は未来の古典を描いているのだ」と言ってのける。

バルコニー
エドゥワール・マネ / 「バルコニー

後に懇意になるモネの噂を聞いた時にも、自分の名前を真似た偽物に決まっていると作品も見ずに唾棄したし、ルノワールには「下手だから画家を辞めた方が良い」って忠告なのか悪口なのか判らないことを口走ってる。

ウルトラマンでいえば“ウルトラの父”みたいな感じだろう。ウルトラマンでいう必要はないかもしれないけれど...戦い(印象派展)には一度も参加しないのに、物語のきっかけを作ってるし、重要な“サイド・ストーリー”には顔を出したりする。“印象派”の精神的な支柱ではあるけれど主役ではない。

では、“印象派物語”の主役は誰かというと、日本人が最も好きな画家の一人(仏)クロード・モネ(1840~1926)じゃないかと思う。時間の流れと光を追い求めて、晩年まで精力的に創作を続けた。

ラ・グルヌイエール
クロード・モネ / 「ラ・グルヌイエール

僕は趣味でしか絵を描かないから、お叱り覚悟で言えば、そもそも画家は3つのことに挑戦し続けているのだ思う。ひとつは、3次元の世界を2次元のキャンバスに映そうとする挑戦。次に、光の三原色を絵具の三原色で表現しようとする挑戦。そして、そもそも眼に見えないモノを描こうとする挑戦だ。

これも僕の勝手な物言いだけれど、人類の革命時には芸術にも革命が起こってる。その度に画家たちの挑戦は、ハードルを超えていった。因果関係なんか解らないけれど、人の世の中は曼荼羅のように繋がっているから、地球が廻っているくらいに当たり前なことなのかもしれないけれど。

人類の革命といえばルネサンス。今時は子供の絵でさえ遠くのものを小さく描くけれど、ルネサンス以前の絵は平面的で、ルネサンス期に入ってようやく建築のパース図を応用した“遠近法”を採り入れたから、写実的な絵が完成された。

教会関係者だけが物事を“考えて”良い時代が終わると、人々の想像力は多くのモノを発明する。火薬と印刷と羅針盤の他に遠近法も三大発明に加えてもらいたいくらいだ。

人類の歴史の次のクライマックスは産業革命と市民革命だ。時代が重なってるから、乱暴だけど一緒にするのは、上辺を撫でる「美術の皮膚」だからご容赦頂きたい。この時代には、三原色のハードルを超える。

三原色とは、その3つの色の配合加減で、他のすべての色が表現できるという事だけれど、光の三原色と絵具の三原色の大きな違いは、そのすべてを混ぜると光は白く、絵具は黒くなることだ。赤と緑と青の光を混ぜたカクテル・ライトは白くなるけど、赤と青と黄色の絵具を全部混ぜると黒くなってしまう。

啓蒙主義の精神性とチューブ絵具の発明で、光の下(戸外)での創作が盛んになると、モネは影がただの黒ではないことに気付くから、黒い絵具を封印した。しかも、パレットやキャンバスの上で色を混ぜずに、色を隣り合わせで塗ること(色彩分割)で、光に溢れた明るい画面を実現した。

“印象派”の父と呼ばれながら、自身は保守的なアカデミーを中から改革しようと「印象派展」には一度も参加しなかったマネの作品は、“黒”が特徴的だっていうのも象徴的な話だ。

冒頭で紹介した、“光を描く画家の系譜”で言えば、カラヴァッジオレンブラントラ・トゥールは闇との対比で光を表現した。

フェルメールは光を白い絵具の粒で表現した。そして、モネは光そのものを表現したと言っても過言じゃないと思う。

さらに、眼に見えないモノのひとつである“時間”さえ捕まえようとするのだから、この“印象派物語”の主役に相応しいはずだ。実際に、1880年にモネが「印象派展」から離脱すると、印象派の亀裂は決定的になるからやはり主役だ。しかもそれはポスト印象派という新しい流れさえも作った。

余談だけれど、まさに今起こっている“情報革命”は、人類の大きな3つ目の革命だから、僕の仮説が正しければ、きっと何か美術においても、革新的な何かが起こる気がしてならない。高度情報化社会における美術の意味については、また別の機会にご案内できればと思う。

つづく

高柳茂樹
一般社団法人日本美術アカデミー
プランニングディレクター
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