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【コラム】美術の皮膚(42)「花の都フィレンツェの花の画家~そしてヴィーナスは眠りから覚める~」

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人間本来の理性が欲望に勝利するルネサンスの世を描いた『パラスとケンタウロス』の「パラス」にはモデルがいると云われている。『若い婦人の肖像』ボッティチェッリ(シュテーデル美術研究所蔵/1480年)にも描かれている、シモネッタという女性だ。

シモネッタはロレンツォと仲の良い弟ジュリアーノの恋人で、その美貌は街中みんなの憧れでもあり、自由を謳歌する華やかで明るいフィレンツェの象徴だった。しかし、彼女は22歳の若さで亡くなってしまう。

嫌な予感のするその2年後に、今度はジュリアーノが、メディチ家と敵対する勢力によって謀殺されてしまうから、いよいよフィレンツェに暗雲が立ち込める。1492年にロレンツォが43歳の若さで急死すると、メディチ家の権力はみるみる衰退してフィレンツェから追放されるから、世紀末に予感は現実になった。

ロレンツォの庇護を受けていた多くの芸術家たちが、フィレンツェを離れて行ったけれど、ボッティチェッリはフィレンツェに残った。それでこそ“花の都”フィレンツェを愛し愛された“花の画家”だ。しかしどうやらこの事が、ボッティチェッリを歴史の闇に葬った大きな原因になってしまう。

メディチ家に代わって、フィレンツェの実権を握ったのはカソリックの修道僧ジロラモ・サヴォナローラだ。彼は、侵攻してきたフランス国王と組んで、メディチ家追放に協力する替わりに、フィレンツェの平和を担保させて、市民の支持を得た。メディチ家は豊かではあったけれど戦争には弱かったようだ。

ストイックなサヴォナローラは、宗教改革の先駆とも云われているけれど、メディチ家の享楽的な政治を批判して、市民に禁欲的な生活を強いた。そして、メディチ家を憎むあまり、あろうことかボッティチェッリの作品を含む異教の絵画や裸婦像を広場で焼き払ってしまう。

その頃に描かれた『誹謗』ボッティチェッリ(ウフィツィ美術館蔵/1490年頃)には、ボッティチェッリの華やかで明るい画風は失われて、かつてと違う暗い印象が漂っている。『ヴィーナスの誕生』と同じ“恥じらいのポーズ”をとるヴィーナスの姿も、生気を失った変わり果てた姿で描かれている。

庇護者がいなくなっただけでなく、逆境に立たされた晩年のボッティチェッリは、筆を執ることもなく貧困にあえぎ1510年に65歳で亡くなってしまう。

ルネサンス自体は、フィレンツェを去った(伊)ミケランジェロ・ブオナローティ(1475~1564)や(伊)ラファエロ・サンティ(1483~1520)によって、ローマで最盛期を迎えるのだから、あの時ボッティチェッリにフィレンツェから離れろと進言できていればと悔やんでも、500年以上も前のことだ。

こうして、フィレンツェへの思いが強すぎたボッティチェッリの名前は、時代の闇に消えてしまった。いっそそのまま消えてくれれば、「三大巨匠」に彼を加えたいと思う僕は、ジレンマに陥らずに済んだと、無理してギリシア語を使ってみても気は晴れない。

ラ・プリマヴェーラ(春)

しかし、ボッティチェッリのフィレンツェへの愛は、消えてはいなかった。『ヴィーナスの誕生』と『ラ・プリマヴェーラ』の二人のヴィーナスは、300年ちかくも静かに眠っていた。フィレンツェ郊外のメディチ家の別荘「ヴィラ・カステッロ」に飾られていたため奇跡的にサヴォナローラの暴挙から逃れていた。

サヴォナローラがうっかりしていたのか、悲劇を予想していたロレンツォ・デ・メディチが移していたのか解らないけれど、1815年にウフィツィ美術館で公開されると、眠りから覚めたヴィーナスにフィレンツェ市民だけでなくイタリア中が歓喜した。今やルネサンスの幕開けを告げる傑作は、“イタリアの至宝”として、国外への持ち出しが禁じられている。

今度「ルネサンスの三大巨匠」を訊かれたら、数は合わないけれどやっぱり

(伊)レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452~1519)
(伊)ミケランジェロ・ブオナローティ(1475~1564)
(伊)ラファエロ・サンティ(1483~1520)
(伊)サンドロ・ボッティチェッリ(1444頃~1510)

って言おうと思う。

(了)

高柳茂樹
一般社団法人日本美術アカデミー
プランニングディレクター
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