コラム, 美術の皮膚

【コラム】美術の皮膚(164)ベネツィア派~ルノワールが心酔した芸術的奇跡~

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ヴェロネーゼ(1528~1588)の代表作のひとつに、ルーブル美術館最大(6.77 m×9.94 m)の作品にして『モナ・リザ』と対面して飾られている『カナの婚礼』(1562-1563年/ルーブル美術館)がある。

カナの婚宴

イエス・キリストが水をワインに変えるという最初の奇跡を起こした聖書の一場面を描いたものだけれど、宗教画であることを忘れるくらい鮮やかな色合いで楽しそうな人々がたくさん描かれている。世界一有名な『モナ・リザ』に目を奪われた観覧客が、あまりにも大きい故にただの壁の装飾と勘違いしてしまってうっかり通り過ぎることも少なくないらしいけど、元々サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会の壁一面を飾るために依頼されたらしいから致し方ない。少し下から見上げたような構図になっているのも、高い位置に飾られる前提だからだったらしい。

他にも教会からは細かい注文があって、使う顔料も最高のもの(ラピスラズリ)を使うこと、可能な限り多くの人物を描き込んで賑やかな雰囲気にすることが求められた。漆喰が乾く前に壁に直接描き上げなければいけないフレスコ画ではなく、じっくりと時間をかけて描くことができるキャンバスであったり、多彩な顔料が手に入るヴェネツィアでなれば実現できない作品になっている。ちなみにルーブル美術館でニ番目に大きな絵(6.21 m×9.79 m)はジャック・ルイ・ダヴィッド皇帝ナポレオン1世と皇后ジョゼフィーヌの戴冠式』(1805年/ルーブル美術館)だから、200年以上も大きさを抜けていない。大きなことで知られている(西)ピカソの『ゲルニカ』(1937年/ソフィア王妃芸術センター)でさえ3.49 m x 7.77 mだ。

ナポレオンの戴冠式

もちろん『カナの婚礼』の魅力は大きさだけではない。フィレンツェ的な遠近法とヴェネツィア的な色彩を併せ持つ画面には、古典的な対象と当時の最新の事象も併せて描き込まれている。

背景の建物は古代ギリシア時代の様式だけれど、遠景に描かれた塔はモダンなデザインになっているし、教会の依頼だから新郎新婦を左隅に押しやってイエス・キリストが真ん中にはいるものの、その時代にいたフランス王フランソワ1世、イングランド女王メアリー1世、オスマン帝国皇帝スレイマン1世、そして神聖ローマ皇帝カール5世といった王侯貴族もたくさん登場していて、聖書の一場面を豪華絢爛なヴェネツィアの婚宴として描いているから、盟友ティントレットの『カナの婚礼』(1561年/サンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会)とは違ったアプローチで、神聖なる過去と現実を織り交ぜたリアリズムで表現している。

Jacopo Tintoretto Marriage at Cana WGA22470
「カナの婚礼」/ image via wikipedia

ヴェロネーゼはそれにも飽き足らず、イエス・キリストよりも前の画面中央には楽器を奏でる自分とヴェネツィアの巨匠ティツィアーノ、そして友人のティントレットまで描き込んでいるけれど、市民革命が始まったフランスで、ジェリコー(1791~1824)が『メデューズ号の筏』(1818-1819年)を描いて、美術に“現実”を真っ向から持ち込むロマン主義の気炎を上げる250年も前の話だ。

メデューズ号の筏

ヴェネツィア派がロマン主義の画家たちに与えた影響はきっとテーマだけではない。印象派の(仏)ルノワール(1841~19191)に至っては、『カナの婚礼』に触れて「近代のどの絵画よりも遥かに美しい光がある芸術的奇跡だ」と、印象派から離れて個展美術へと回帰していく。

つづく

高柳茂樹
一般社団法人日本美術アカデミー
プランニングディレクター
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