コラム, 美術の皮膚

【コラム】美術の皮膚(91)「世紀末芸術~時代を漂う儚い夢~」

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科学の発展や暮らしの繁栄に沸く19“世紀末”の美術も、新しい芸術を模索する熱を帯びるから、様々な思想や風潮が交錯、対立した混沌に呑み込まれる。混沌なのだから、整然としている訳はなくて、言葉のイメージ通りに“世紀末芸術”の指す方向は、決して時代を謳歌する“印象派”には向かわないから、そのカウンターである“象徴主義”ということになる。

ルネサンスの歴史学者がそれまでの中世を“暗黒の時代”と呼んだように、歴史はいつも結果論だけど、実際に繁栄を極めた19世紀末から、“戦争の世紀”と呼ばれる20世紀に向かうのだから、“世紀末”にもネガティブなイメージが宿るのは仕方がないのだと思う。

そこでふと以前エクセルに入力した、たった個人的な300人程度の画家リストを思い出したから、月の満ち欠けとも太陽の動きとも関係ない、たった人間が創った数字の区切りの、それぞれ“世紀末”の画家たちを調べてみようと思った。もしかしたら“たった”じゃなくて何か解るかもしれないし。でも、切りがないから20歳~40歳で世紀末を迎えた画家だけを拾ってみた。

13世紀末

  • (伊)ジオット(1266頃~1337)
  • (伊)ピエトロ・ロレンツェッティ(1280頃~1348頃)

14世紀末

  • (伊)ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノ(1360頃~1427)
  • (露)ルブリョーフ(1360頃~1430)
  • (伊)ロレンツィオ・モナコ(1370頃~1425)
  • (フ)カンピン(1380頃~1444)
宰相ロランの聖母
ヤン・ヴァン・エイク「宰相ロランの聖母

もちろん、名を遺した画家のリストだから、それぞれに偉業を果たしてはいるけれど、油絵の具を発明した(フ)ヤン・ファン・エイク(1390頃~1441)も初期ルネサンスに最初に遠近法で絵を描いた(伊)マサッチオ(1401~1428)も、短縮法で『死せるキリスト』を描いた(伊)マンティーニャ(1431~1506)も、フィレンツェと共に生きた(伊)ボッティチェリ(1444頃~1510) どころか、万能の天才(伊)レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452~1519)もいないから少しあきらめ気味に続けてみたけれど

15世紀末画家

  • (蘭)ヘラルト・ダヴィト(1460頃~1523)
  • (フ)ヘールトヘン・トット・シント・ヤンス(1460頃~1485頃)
  • (伊)コスタ・ロレンツィオ(1460頃~1535)
  • (伊)ピエロ・ディ・コジモ(1462~1521)
  • (伊)ブラマンティーノ(1465頃~1530)
  • (フ)マセイス・クエンティン(1465頃~1530)
  • (独)グリューネヴァルト(1470頃~1528)
  • (独)デューラー(1471~1528)
    ランダウアー祭壇画:聖三位一体の礼拝
  • (伊)フラ・バルトロメオ(1472~1517)
  • (独)クラーナハ(父)(1472~1553)
  • (伊)ミケランジェロ(1475~1564)
  • (伊)ライモンディ・マルカントニオ(1475頃~1534頃)
  • (伊)ジョルジョーネ(1476頃~1510)
  • (伊)ソドマ(1477~1549)
  • (フ)マビュース(1478~1533)
  • (伊)ドッシ・ドッソ(1479頃~1542)
  • (伊)パルマ・イル・ヴェッキオ(1480頃~1528)
  • (伊)ロット・ロレンツォ(1480頃~1556)
  • (独)アルトドルファー(1480頃~1538)
  • (フ)パティニール(1480頃~1524)

16世紀末画家

  • (伊)カラッチ(1560~1609)
  • (伊)ジェンティレスキ父娘(1563~1638)
  • (フ)ヤン・ブリューゲル(父)(1568頃~1625)
  • (伊)カラヴァッジオ(1573~1610)
    エマオの晩餐
  • (伊)レーニ・グィード(1575~1642)
  • (フ)ルーベンス(1577~1640)

17世紀末画家

  • (伊)クレスピ(1665~1747)
  • (伊)マニャスコ(1667~1749)

18世紀末画家

  • (独)フリードリヒ(1774~1840)
  • (英)ターナー(1775~1851)
  • (英)カンスタブル(1776~1837)
  • (独)ルンゲ(1777~1810)
  • (仏)アングル(1780~1867)
    トルコ風呂
  • (日)葛飾北斎(1760~1849)

北斎を見つけた時には少し色めき立ったくらいで、どうやら19世紀末以外に、何か特別な意味を持った美術の“世紀末”はなさそうだ。

やはり、“世紀末芸術”といえば、19世紀末をピンポイントで指しているのだと、物分かりの悪い僕でも納得した。もちろん、前述のように“世紀末芸術”に、何か統一された思想があった訳ではないから、時代の混沌こそが大きく背景にあったのだろう。

美術が時代に寄り添う存在だという前提において、膨張した繁栄が暴発する前夜の、耽美的な華やかさと厭世的な不安が同居した、退廃的な美しさこそを、人々は“世紀末芸術”と呼んだのだと思う。芸術に対して能動的な否定を行った(仏)デュシャン(1887~1968)ではなく、ただ時代を漂う儚さが、人間の内包する普遍的な気分に、いつの時代も人々を惹きつけて止まないのだと思う。

19世紀末画家

  • (白)アンソール(1860~1949)
  • (墺)クリムト(1862~1918)
  • (独)シュトゥック(1863~1928)
  • (諾)ムンク(1863~1944)
  • (仏)シニャック(1863~1935)
    赤い浮標、サン=トロペ
  • (仏)ロートレック(1864~1901)
  • (露)カンディンスキー(1866~1944)
  • (露)ノルデ(1867~1956)
  • (仏)ボナール(1867~1947)
  • (仏)マチス(1869~1954)
  • (仏)ドニ(1870~1943)
  • (仏)ルオー(1871~1958)
  • (英)ビアズリー(1872~1898)
  • (蘭)モンドリアン(1872~1944)
  • (仏)ヴラマンク(1876~1958)
  • (露)マレーヴィチ(1878~1935)
  • (瑞)クレー(1879~1940)
  • (独)マルク(1880~1916)
  • (独)キルヒナー(1880~1938)
  • (仏)アンドレ・ロラン(1880~1954)

つづく

高柳茂樹
一般社団法人日本美術アカデミー
プランニングディレクター
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