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【コラム】美術の皮膚(48)「盗難絵画⑥~盗まれる度に解明されるフェルメールの真実~」

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フェルメールの「光」の正体

Koibumi
「恋文」 / image via wikipedia
  • 1971年9月24日
  • 『恋文』ヤン・フェルメール
  • 盗難場所:(白)パレ・デ・ボザール
  • 発見場所:(白)ブリュッセル郊外のホテル
    *解決

アムステルダム美術館からベルギーのパレ・デ・ボザールでの展覧会へ貸出中に、21歳のベルギー人によって『恋文』は盗まれた。彼は、バングラディッシュの難民支援への経済支援を要求する脅迫が目的の、美術とは無縁の若者だったから、あろうことか額縁から作品をナイフで切り取って盗んでしまう。世論は難民支援と高額な芸術の価値との比較論争で沸いたけれど、すぐに逮捕された犯人が所持していた『恋文』は、修復作業に1年以上を要してしまうほど損傷がひどかった。





ところがその際に『恋文』が3層にも厚塗りがされていることが判明する。

絵具の「厚塗り」は、(仏)ジャン・デュビュッフェ(1901~1986)に代表されるように近代絵画に盛んに使われる技法だけれど、それは作品の素材としての絵具自体に主張させるものであって、ルネサンス期から続いている「厚塗り」は、主に「光」を表現する時に用いられた。

画面に絵具自体の小さな影を作ることによって、絵具の持つ「色」の明暗に加えて「光」がより艶をもって輝くらしい。(伊)レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452~1519)の「薄塗り」のスフマート技法とは対照的に、ヴェネツィア派の(伊)ティッツィアーノ(1488頃~1576)や(伊)ティントレット(1518~1594)がご当地の明るい光を表現するために初めて用いたと云われている。

覆った手紙にまつわる物語

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「手紙を書く婦人と召使」 / image via wikipedia
  • 1974年4月27日
  • 『手紙を書く婦人と召使』ヤン・フェルメール
    他18点
  • 盗難場所:(英)ラスボロー・ハウス
  • 発見場所:(英)カウンティ・コークのコテージ
    *解決

英国男爵の私邸ラスボロ-・ハウスから『手紙を書く婦人と召使い』を含む19点の絵画を盗んだのは、北アイルランドの過激派IRA(アイルランド共和軍)に共鳴した女性活動家で、IRAの政治犯の釈放と、身代金(?)の要求が目的だった。

事件のおよそ1週間後に犯人は逮捕され、『手紙を書く婦人と召使い』も戻ってきたけれど、工具を使って作品を額から剥がしたため損傷がひどく修復作業を進めると、画面手前の床に加筆された部分が確認され、それを除去すると「(なにか切羽詰まった女性が)書き損じて投げ捨てた」と思われていた手紙の横に赤い「封蝋」が現れた…

封蝋が剥がれているということは、床に落ちた手紙は書き損じたのではなく女性が開封したものではないか?と、それまでの解釈が覆った。ただでさえ『手紙を書く婦人と召使』は、物語に奥行きを持たせるために、画中の唯一人の人物だけに焦点を集めず、複数の焦点で複数の物語を表現した作品だと云われているから、床に落ちた手紙と封蝋についても様々な想像が湧いてくる。

実は、同年2月にも、同じ英国のケンウッド・ハウス美術館から、IRAの政治的要求を目的にフェルメールの『ギターを弾く女性』(ケンウッド・ハウス美術館/1670~1672頃)が盗まれている。英国政府はその時も要求には応じておらず、おそらく前述の女性活動家の逮捕を知って諦めた犯人が、ロンドン市内の墓地に『ギターを弾く女性』を置き去りにしていった。

フェルメールの『恋文』、『手紙を書く婦人と召使い』、『ギターを弾く女性』は、いずれも政治的な目的で盗難に遭っている。総じて窃盗は悪いことだけれど、盗んだ後に売り捌くだけの単純なお金目当ての泥棒ならば、もう少し簡単に現金化しやすい絵画を選ぶはずで、政治や思想を背景にした犯人たちにとって、盗難自体が大事件として報道されるフェルメールは格好の標的になってしまう。

美術に関心のない政治犯たちでも知っているほど有名なことや、数が少なくて貴重なことの他にも、第二次世界大戦中にナチス・ドイツの略奪から逃れるために、数多くの美術品が英国に渡ったことや、抽象画を芸術の退廃と断じたヒトラーが特にフェルメールを好んだといったことも、フェルメールの作品たちが辿った数奇な運命の大きな理由になっているんじゃないかと思えて仕方がない。

つづく

高柳茂樹
一般社団法人日本美術アカデミー
プランニングディレクター

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