コラム, 美術の皮膚

【コラム】美術の皮膚(115)「ハプスブルグ~荒唐無稽な相談~」

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38年ぶりにローマ教皇が日本を訪れて、5万人規模のミサを東京ドームで行ったということがニュースになった。高校時代にプロテスタントとはいえキリスト教系の学校に通っていたから、少なからず興味はあって(とはいえ小中学校は仏教系だったけれど)、ただ国内のカトリック教徒は40万人以上とも云われているし、世界になると10億人以上とも云われているから、参加者の数にそれほど驚くことはないのだけれど、僕は全く別のことを思い出していた。

2011年東日本大震災の直後、美術アカデミーの師匠に「バチカンと日本を繋いでミサを中継したいのだけれど今時はインターネットで簡単にできるんだろ?私は全く解らないからちょっと頼むよ」と頼まれた。

僕もそれほど詳しい訳ではないけれど、周りにIT系の後輩も多いし「できると思いますが」と答えたものの、そんな技術的な話よりも、荒唐無稽な発想に驚いた。それでも僕に話したすぐその足で、日本で最初のカトリック系大学の学長にアポイントメントを取っていたから、ご本人はいたって真面目だったのだと思う。

今回の来日でもローマ教皇は、その大学で最後のスピーチを行って帰国するようなので、もしかしたら実現する可能性があったのかもしれないと思うと、僕のせいで実現しなかったわけではないだろうから反省まではしないけれど、思い出すくらいはしてしまう。

”師匠”によると、キリスト教は救済の宗教らしい。実際に中世ヨーロッパで当時の人口の半分が亡くなったと云われているペストの大流行や、飢饉、内戦で生きる望みを失っていた人々の間で救済の「マリア信仰」として普及していった背景があるらしい。だから、まさに震災で傷付いた人々への癒しとして、福音を届けないという選択肢はないのだとおっしゃる。

他にも、僕の理解を超える相談が時々あるからその度に驚かされる。もちろんいつも実現していない訳ではなくて「北斎は、富士山だけじゃなくて花の絵が素晴らしいんだ」と言ったと思ったら、初公開の葛飾北斎の肉筆画5点を含む12点を集めて、2019年11月には「花の池坊×花の北斎」という企画展を大阪高島屋で開催して、5万人余りの来場客を集めたというから、まったく侮れない。

Ikenobo

そんな中で、僕がもっとも耳を疑ったのは「日本を永世中立国にしようと思うから手伝え」と言われた時だ。もう読者の方々には僕の大法螺話だと思われても仕方がないけれど、本当にそう言われたのだから仕方がない。

後日、駐日スイス大使館に行って「それは素晴らしいことなので全面的に協力する」と言われたって、ご機嫌そうにお酒を飲む“師匠”が法螺を吹いていたとは思えないから、僕も少しスイス駐在の高校野球部の同級生が一時帰国した時に、日本から9,500kmのはるか遠くにあるスイスのことを訊いてみた。

不勉強な僕のスイスのイメージは、もちろん世界で最初の永世中立国で、時計やチーズが有名で、(瑞)ヨハンナ・シュピリ作「アルプスの少女ハイジ」(1881年)にも登場する平和なアルプスの山々だ。「それはそうだけど、徴兵制だぜ。登山電車に乗ると銃剣を持った若い兵士が立ってるし」なんて学生時代は俊足堅守の中堅手が言うものだから、僕は少し混乱した。

もちろん、スイスに行ったことなんかないし、堅守の彼は嘘はつかない。移住するのも表面的にはウェルカムだけれど、どれだけスイスのことが好きなのか試験があって論文を書かねばならないだけではなくて、ちゃんと生活しているかどうか定期的に見回りにも来るらしい。

なんだか、子供時代から描いていたスイスのイメージは壊れたけれど、同時にバチカン市国をテレビ番組のロケで訪れた時に、紺とオレンジの縦縞の制服を着た衛兵たちは代々スイス人が務めているという話を聞いたことを思い出した。

Swiss guard swearing in
スイス衛兵 / Paul Ronga (wikipedia)

その時に、制服のデザインはミケランジェロだっていう話も聞いたけれど、こちらの方はガイドを頼んだイタリア人の勘違いのようだ。

僕が思っているよりもはるかに、ヨーロッパ内でのスイス人のイメージは、屈強で勇敢だということだろう。そういえば、高校時代のチームメイトに久しぶりに会ったから、気が緩んでうっかりしていたけれど、スイスの歴史を少し考えれば、徴兵制にも銃剣にも驚くことはなかったはずだ。

つづく

高柳茂樹
一般社団法人日本美術アカデミー
プランニングディレクター
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