コラム, 美術の皮膚

【コラム】美術の皮膚(151)カラバッジョ~真贋と市場価値~

今までの連載はコチラから

南仏トゥールーズの民家の屋根裏から見つかったカラバッジョ『ユディトとホロフェルネス』“かもしれない”作品は、真贋とは別の“市場価値”という機軸も加わって、この手の話しによくありがちな密室での議論は白熱していた。

長い間行方不明だったレオナルド・ダ・ヴィンチの幻の大壁画『アンギアーリの戦い』の下絵『タヴォラ・ドーリア』が、どうやら日本にあるらしいという噂は、2012年に日本からイタリア政府に寄贈されたという記事が出るよりかなり前から、実しやかに噂にはなっていて、まだ本物かどうか判らないから誰にも言うなという条件付きで、僕も聴いたことがある。もちろん、贋作だったら話自体が霧散してただのトンデモ話になるから、おしゃべりな僕でさえ余計なことは言わなかった。

真贋が重要なフランス、イタリアと、市場価値が大事なイギリス、アメリカの評価が二分化してくると、先述のブレラ美術館でのイベントに訪れた(米)ニューヨーク・メトロポリタン美術館主任学芸員が、当該作品はカラバッジョの新作だという根拠をSNS上で雄弁に語った。番組の途中だったけれど僕は、メトロポリタン美術館が真剣に購入を検討しているが故のロビー活動なのかなと感じた。真作のイメージを広めて市場価値を上げる作戦だ。

望むような言質が引き出せない件の画商も「美術品の鑑定は客観性とは程遠い。私たちが売るのは愛や夢であって、『サルバトール・ムンディ』に500億円の値段が付いたのは、それだけの愛を感じたからだ」と、真贋については諦めた様子で、英米の市場主義に宗旨替えをしたようだった。

Salvatolumundy
「サルバトール・ムンディ」/image via wikipedia

そんな中で、大々的なオークションが計画される。しかし、世界的な競売会社“サザビーズ”や“クリスティーズ”ではなく、所有者から最初に電話を受けた競売人ラバブルが用意した南仏トゥールーズのホールで行われるという。なんだか焦臭さを感じたけれど、番組が最後に用意した“どんでん返し”を知って既に腑には落ちているけれど、物語は緊張感を孕んで進んでいく。

個人取引に比べて、オークションでの落札方式は、盛り上がれば予想以上の高値がつく可能性もあるけれど、そうでなければ期待外れの安値で終わるリスクもある。伸るか反るかの大博打に出るほど強欲なのか?それとも画商としての威信を賭けた戦いなのか?少なくとも表向きは100%カラバッジョの真作だと信じる画商は、その準備にも余念がない。

光と影のコントラストが特徴のカラバッジョ作品だから、絵の洗浄や修復は特に慎重に行われた。世界三大名画のひとつに数えられるレンブラント(1642年/アムステルダム国立美術館)』も、絵を洗浄したら画面は明るく、夜ではなくて朝の絵だと判明して関係者を困惑させた。

フランス文化庁の決めた30か月を過ぎて、オークションを少しでも際立たせようと、国外の富裕層への働きかけにも熱心だ。肯定的だった(英)ロンドンのギャラリーでお披露目には、大手メディアで好況で、カメラマンの要求に従って除幕を3回やる茶番もあった。とはいえ真贋のはっきりしない作品の人気は記者会見をピークに下降した。

しかし、立ち止まれない画商チームは落ち込んでいる暇などなく、もう一つの肯定的な市場(米)ニューヨークに期待をかけてメトロポリタン美術館近くのギャラリーでお披露目を行ったのには、先述の主任学芸員の好意的なSNS投稿が無関係とは考えにくい。

ここでは、ギャラリーのオーナーの社交辞令は別にしても、期待通りにメトロポリタン美術館の学芸員を中心として少なからずの来場客で賑わった。

Caravaggio I Musici
「音楽家たち」/ image via wikipedia

メトロポリタン美術館は『音楽家たち』(1595~96年)、『聖ペテロの否認』の2作品が所蔵されていて、これが真作ならば大ルーブルと肩を並べる3つ目のカラヴァッジョになる。

Caravaggio denial
「聖ペテロの否認」/ image via wikipedia

(つづく)

高柳茂樹
一般社団法人日本美術アカデミー
プランニングディレクター
    スポンサードリンク

これまでの「美術の皮膚」