コラム, 美術の皮膚

【コラム】美術の皮膚(1)「ちょっとコンテンポラリー・アートを考える」

「どうにもコンテンポラリー(現代)アートが解らないんですよ...」そんな問いかけを投げてみた。

王侯貴族の庇護の下で何年もかけて描かれた古典絵画に比べて、描き殴った感じがするなんて暴論は言わないし、ただ僕の感性が鈍いだけかもしれないけど、目の前に座っているのは、銀座に本店を構えて今年で90年になる老舗画廊の幹部にして、世界最大のオークション会社クリスティーズや、世界最大級のメトロポリタン美術館にも在籍されたことのある女性だから、不躾を棚に上げれば、答えを知りたい僕の選んだ相手にまったく間違いはないはずだ。

「私は、コンテンポラリーって、時代に寄り添うって理解してるんですよね」そういって彼女が見せてくれたのがヴィック・ムニーズの作品集だった。

正確にいうと彼は作品を写真で表現しているからそれは彼の写真集で、そこには芸術家として彼を特定するのには全く役に立たないほどの多種多様な作品が載っていた。

作品を観てすぐに彼の名前と顔が思い浮かばないのは作家として損じゃないか?と怪訝そうな僕に「代表作はマーケットが決めれば良いと思ってるみたいですよ」と彼女は教えてくれた。

実際に、彼の代表作の一つである「Sugar Children」シリーズで重要なモノは、作風でも画力でもなくて、モデルと素材らしい。カリブ海に浮かぶ小さな島の農園で働く貧しい女の子をモデルにして、彼女たちが日々運んでいる砂糖を素材に選んで描いている。

贅沢の象徴としての砂糖を画材にして学校にも通えずに働いている貧しい子供を描くという、近代社会の歪みを表現するだけではなくて、今たった目の前に見えているというだけのモノ(砂糖)が、何処からどのような過程を経て此処に存在しているのかという出自を含めた、大きな事実に光を当てようとしているのだとも思う。

さらに、それだけではなくヴィック・ムニーズは、オークションでこの絵が売れた時に、そこから多額の寄付を前述の砂糖農園の労働組合にしているらしいので、きっと「そこ」までが彼の作品だというコトなのかもしれない。

母国ブラジルにある世界最大のゴミ置き場で、ゴミ漁りをして生活する若者と一緒になって創り上げた作品もある。

戸籍さえ持たない彼らに日当を払い、作品の共同製作者として陽の当たる場所に連れて行き、作品が売れたお金はやはり彼らのために寄付される。

ヴィック・ムニーズは、彼らが生活しているのと同じモノで、違う価値を生み出したいと言っているのだからやはり「そこ」までが作品なのであろう。

Vikmu

この様子は後にドキュメンタリー映画「ごみアートの奇跡」としてアカデミー賞にもノミネートされたから、多くの人々の知るところとなって賛否両論が語られ、さらに世界中の耳目を集めることになるけれど、まさにカリブ海の女の子や、ゴミ置き場の若者の存在を知らしめるコトで、市民革命を経て18世紀から始まる資本家と労働者の関係の「今」を描き切っている。

つづく

高柳茂樹
一般社団法人日本美術アカデミー
プランニングディレクター
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