1974年に英国男爵の私邸ラスボロ-・ハウスから『手紙を書く婦人と召使い』を含む19点の絵画が盗まれた12年後に、また同じ場所で大規模な盗難事件が起こる。
しかも盗まれた作品も前回の事件とほぼ同じだというのだから、余計なお世話だと知りつつラスボロー・ハウスの警備体制が心配になる。それが理由ではないかもしれないけれど『手紙を書く婦人と召使』は、事件後アイルランド国立美術館に寄贈された。
画中に見つかった小さな穴の正体
- 1986年5月21日
- 『手紙を書く婦人と召使』ヤン・フェルメール
- 盗難場所:(英)ラスボロー・ハウス
- 発見場所:(英)カウンティ・コークのコテージ
*解決
前回ご紹介した1974年の事件と、盗難場所も盗まれた絵画もほぼ同じだけれど、大きく違う点は、犯人が「将軍」と呼ばれるギャングの親玉だったことだ。
数々の悪事に手を染めていた「将軍」は、巧妙な手口で絵画を盗み出すけれど、美術品を盗むのは初めてだったようで、売り捌くのにおよそ7年間も四苦八苦しているところを、ロンドン警視庁美術特捜班のおとり捜査によって逮捕される。やっぱり「盗品は簡単に現金化」できない。
このおとり捜査で大活躍したのが、ロンドン警視庁(通称スコットランド・ヤード)美術特捜班のチャーリー・ヒル捜査官だ。それまでにも盗難絵画の奪還には実績があったのだけれど、フェルメールを取り戻したこの事件で一躍脚光を浴びると、今や映画や本に登場するほど有名になった。
その後、世界中の盗難事件に駆り出されて、20年間で1億ドル以上の価値の名画奪還に協力することになる。フェルメール効果は計り知れない・・・
そして、またしても修復作業時に、キャンパスにあいた小さな穴が発見される。『手紙を書く婦人と召使』は、フェルメールが焦点を画面の中心に置かない初めての作品であったと云われているけれど、小さな穴はその焦点の(遠近法の)消失点を確認するためにキャンパスに刺したピンの痕だったと解明された。
このように構図にも綿密な計算で気を配っていたフェルメールは、その他にも「光」を「ポワンティエ(点綴法)と呼ばれる点描によって表現したり、写真の原理と同じカメラ・オブスキュラという装置を使って細部にわたる写実を追及したりと、創作へのこだわりはルネサンス期の巨匠たちにも引けを取らない。だからこそ作品の持つ「情報量」が雄弁に語りかけてくるのではないだろうか。
闇を使って光を表現した(伊)カラヴァッジオ(1573~1610)、炎の中心から光を生み出した(仏)ジョルジュ・ド・ラトゥール(1593~1652)、斜めからの光で独特の明暗法を発明した(蘭)レンブラント(1606~1669)、過行く時間の中で光を追いかけた(仏)モネ(1840~1926)といった画家たちの連なる「光の系譜」の重要な位置に、間違いなくフェルメールもいる。
次々に解明されていくミステリアスな魅力だけでなく、フェルメールの作品多くの人たちが愛して止まないのは、当り前だけれど作品そのものの魅力に因るところが大きい。だから度々盗難に遭ってしまうのかもしれないけれど…
(つづく)